2021年1月号(第67巻1号)

郷に入れば郷に従え

東海大学医学部 基盤診療学系臨床検査学 教授
宮地 勇人

 2017年、国際会議出席のため、北京を訪れる機会に恵まれた。北京空港に到着後、地下鉄マップを入手するため、インフォメーションデスクにて英語で尋ねた。
しかしながら、カウンターには地下鉄マップ1枚がデスク上にあるのみで渡せないと言われた。近代的な空港であるが、旅客サービス向上はこれからと思った。
 空港から日本人3 人でタクシーに同乗してホテルに向かった。運転手は、2 つのホテルに順番に行って欲しいと英語で頼むと、途端に機嫌が悪くなり黙り込んでしまった。気まずい雰囲気の中、試しに片言の中国語で依頼してみた。すると、運転手は機嫌一転、愛想良く「OK、OK」と対応してくれた。ホテルに着くと、空港の保安検査場より厳しい警備で、手荷物のX 線検査と金属探知機による身体検査が念入りに行われた。北京は首都だけに警備は厳しいと思った。
ことさら厳しい警備の理由は後で判った。その日は、現代版シルクロード構想を中国主導で検討する「一帯一路」フォーラムの開催日で、90 カ国以上の首脳が集まり、ホテルは指定の宿泊先となっていた。ホテルの部屋で一休み後、市内の探索に出ることにした。ホテルのスタッフから天安門の近くの紫禁城がお勧めと、英語のパンフレットを渡された。地下鉄マップの入手に失敗していたため不案内のまま市内に出た。地下鉄の切符は、券売所に行き、駅名を漢字で紙に書いて見せ、片言の中国語にて購入できた。駅のホームに入る際も、手荷物のX線検査があった。紫禁城の直前には検問所があり、身分証明書の提示を求められた。軍服姿の係員から中国語でまくし立てられた。意味が分からず、このままでは連行の危険すら感じた。何とか凌ごうと、「日本から来た」と片言の中国語で答えると、「Oh, Japan, OK」と丁寧に誘導された。ほっとするのも束の間、続く手荷物検査で、荷物に関して厳しく問いただされた。再び、「日本から来た」と答えると、「Oh, Japan, OK」と事なきを得、まさに九死に一生を得た感であった。
 翌日、知り合いの中国人に、練習しておいた片言の中国語がとても役に立ったと話すと、そのわけを教えてくれた。中国人の多くは英語で話し掛けられることをとても嫌がるとのこと。特にタクシー運転手は、英語が通じると決めつけて話す外国人は、中国人を見下しているように感じるとのことであった。中国では片言でも中国語を話すことが望ましい。日本のことわざ「郷に入れば郷に従え」の通りとのこと。海外旅行前の現地語学習は、転ばぬ先の杖である。