2020年11月号(第66巻11号)

〇いつも見慣れた暗く乾いたアスファルトの道も、色とりどりの落ち葉に彩られ、自然が描く美しい屏風絵のように姿を変える。髪をすくような微細な空間を通り抜けていく冷気に、この美しい道の先には長い冬が待っていることに気づかされる季節でもある。
〇新型コロナの影響で、各地の美術館でも休館や入館制限、特別展の延期等が続く中、5 月に開催されるはずの特別展「竹内栖鳳《班猫》とアニマルパラダイス」が時期をずらして開催されることを知って、久しぶりに山種美術館に足を延ばした。
 山手線の恵比寿駅からほど近いこの美術館は、1966 年にわが国初の日本画専門の美術館として開館した。今回の特別展の展示を代表する《斑猫》をはじめ6 点の重要文化財や重要美術品も含め、近代・現代日本画など約1800 点を所蔵している。
 《班猫》は、日本画における動物画の傑作といわれる作品である。
 この絵が描かれたのは1924 年のこと。すでに100 年近くの歳月が流れたというのに、触れれば指先が埋もれそうな柔らかな毛並み、首をぐるりと背に回し毛づくろいをしながらこちらの様子をうかがう猫のエメラルドグリーンの目は生き生きとして、しなやかな生命力に満ち溢れている。今にも動き出して、鑑賞を拒むようにプイっどこかに行ってしまうか、甘えるためにこちらにゆっくり近寄ってきそうな気もして、この絵の前からは何とも離れがたい。以前にもこの絵の前で釘付けになったのだが、今回もまた同じことであった。
 「アニマルパラダイス」の名前のとおり、題材は犬や鳥、白熊などさまざまな生き物たちで、夫々が作者の生き物への愛情に満ち溢れ、卓越した観察力により「そうそう、こういう格好するよね」と言いたくなるような、いつかどこかで見た動物の愛嬌ある姿が描かれていた。
 ガラスケースのなかには柴田是真の『墨林筆哥(ぼくりんひっか)』という一冊の本が収められ、漆絵のコミカルなカエルのページが開いて置かれていた。葉っぱの琵琶をいちょうの葉のバチで弾き語りをするカエル、その前には小さなカエルたちが集まり、真剣に音楽を聴いている。これを見て、どうしても他のページに何が描いてあるのかを知りたくなり、係の方に聞いたところ、そのあと別の場所に移動していたにもかかわらず、親切に係の方が探しにきて、他にも鳥の絵や風景があるが今回はこの絵が選ばれた、と教えてくれた。
 久しぶりに静寂な空間の中で、動物たちとの特別な時間を過ごし、心が穏やかになったのを感じながら岐路についた。
〇新型コロナの影響で、これまで入館者からの収入のみで運営してきた私立美術館は、大幅な収入減が続き、運営の危機に瀕しているそうである。山種美術館では、クラウドファンディングの試みもされているそうで、この苦難をなんとか乗り越えて、次世代にも美しい日本画を残し伝えていってほしいものである。

(大森圭子)