2020年2月号(第66巻2号)

〇今年の冬は季節外れの暖かい日が多くあるせいか、春を待ちわび、季節のうつろいを感じとろうとする気持ちも少々薄れがちのように思う。だが、そんなことはどこ吹く風と木々たちは日々の天気をけなげに受け入れ、黙々と自然の営みを続けている。気が付けば、通勤路に二本並んで立つしだれ梅の木も、いつのまにやらピンクと白の花をそれぞれ枝一杯に咲かせ、満開の花を風にゆらがせる姿は、大地を彩る美しいかんざしのようである。
〇花といえば、わが家の庭にも毎年小輪の花を沢山つけてくれる椿の木がある。何十年も前から当たり前のようにそこにあって、もはや正確なことはわからないが、おそらく「侘助」という種類ではないかと思っている。
 「侘助」は冬を代表する花木で、赤や白、赤に白の斑点の入った花などをつけ、花形は一重咲きで、中でも猪口咲といって、この花の形の名前をとって侘助咲ともいう。古くから日本人の美意識として、静かで落ち着いた様子の「侘び」、さびしささえ感じられるほど静かな様子の「寂」を楽しむ精神があるが、毎年、庭の片隅でひっそりとたくさんの花をつけてくれている様子が「侘」「寂」と相まって、ただそう思いこんでいるだけかもしれない。
〇「侘助」という椿の名の由来には諸説あり、16 世紀終わり頃に「侘助」という人物が朝鮮半島から持ち帰ったとする説、千利休と同じ時代の茶人に笠原七郎兵衛という者があり、秀吉からの茶会へのいざないを断わったことから、還俗して名を侘助と称した。この侘助がとくにこの椿を好んだことから、いつしか「侘助」と呼ばれるようになったという説などがある。
〇「助」という字は「且」と「力」で成り立っており、力が積み重なる、つまり強い力の持ち主という意味で男性の名前に多い。一方、早起きが苦手な人に親しみを込めて寝坊助と呼んだり、お金持ちの人をわずかに嘲笑も含めて重助と呼んだり、人の特徴に「助」を付け、距離感をぐっと縮めて呼ぶ場合もある。私としては、華やかな他の椿の種類に比べ控えめな趣のあるこの椿を、親しみを込めて「侘助」と呼んだのではないかと思っている。
 庭の椿の花もすこしずつ枯れはじめ、まもなく息吹き始める色とりどりの花々や、緑あふれる木々たちに季節のバトンを渡す日も近いが、寒の戻りがあるうちは、まだもう少し一緒に過ごしてほしいと思うこの頃である。

(大森圭子)