2019年3月号(第65巻3号)

VBNC

公益財団法人野口英世記念会
竹田 美文

昨年(平成29年)12月4日、東京上野の日本学士院会館で、第33回国際生物学賞の授賞式が行われた。受賞者は、長年の友人、メリーランド大学特別栄誉教授のリタ・コルエル博士だった。国際生物学賞は、昭和天皇の在位60年を記念して、昭和60 (1985) 年に創られた賞である。招かれて出席した授賞式は、天皇・皇后両陛下がご臨席され、厳かで、格式高く、感動的な式典であった。
リタは1982年、首都ワシントンが面するチェサペーク湾に、VBNC(培養できないが生きている状態) コレラ菌が存在することを発表した。「細菌の存在は、培養が出来ることで初めて証明できる」というのが、細菌学のゴールド・スタンダードである。細菌学の常識を覆すVBNCコレラ菌の発見は、当然のことのように学会で大きい物議をかもすことになった。米国のコレラ研究者が一斉に「あり得ない」と反論した。しかし今では、リタの発見が、細菌学の常識となっていて、コレラ菌に限らず、数多くのVBNC病原菌が存在していることが分かっている。しかも、このような状態の菌がヒトに感染して病気を起こし、例えばコレラ流行の原因になっている可能性が考えられている。
2007年、文部科学省のJ-GRIDプログラムによってインド・コルカタに創設された岡山大学インド感染症共同研究センターに勤めることになった時、私はVBNCコレラ菌を研究テーマとした。まず、VBNCを定常的、普遍的に培養可能にする条件を模索した。その結果、カタラーゼを添加したTCBS寒天培地でVBNCコレラ菌がコロニーを形成することが明らかになった。ついで、カタラーゼ添加TCBS寒天培地を用いて、コルカタの環境水からVBNCコレラ菌の分離を試みたところ、頻度は非常に低いものの、VBNCコレラ菌が分離できた。
VBNCコレラ菌は、環境水中でどの程度の期間生きているのだろうか。今では世界中から消えてしまった古典型コレラ菌が、コルカタの環境水中でVBNCコレラ菌として存在してはいないだろうか、まさに夢みたいな夢である。