2018年6月号(第64巻6号)

平和を祈る象徴とテロ事件

東海大学医学部 基盤診療学系臨床検査学 教授
宮地 勇人

ヨーロッパ各地で悲惨なテロ事件が続く。毎年出席している国際標準化機構(ISO)の会議は、ヨーロッパ諸国で開催されることが多く、その際に訪問した都市でテロ事件とよく遭遇する。国際標準化の活動も命がけである。2013年、ロンドンでの会議出席中に、同市内で軍人を狙ったテロが発生した。その後、テロの様相が変貌し一般市民が標的となっている。2015年、ベルギーのブリュッセルでの会議最終日に、パリの劇場やレストランを狙った同時多発テロが起き、犯人数名がベルギーに逃走した。厳戒体制の中、犯人潜伏中のベルギーに一泊後ブリュッセル空港からパリ空港を経て無事に帰国した。翌月、テロ再発警戒中のフランスのリヨンでの会議に出席した。その直後にブリュッセル空港でのテロが続いた。ISOの会議で近年最も頻繁に訪れるベルリンで、2016年12月、衝撃的なテロ事件が発生した。ヨーロッパで最も安全と言われてきたドイツの首都ベルリンで起きたことに大きな衝撃が走った。ベルリンは、以前から治安が良く、安全な観光地として知られてきた。ドイツはトルコをはじめイスラム圏からの移民が多く、難民受け入れに寛容で、テロは起きにくいとされてきた。馴染み深い広場でのテロは、現実として受けとめ難い出来事であった。クリスマス市に集う人々の中に40トントラックが突っ込み多数の死者が出た。旧西ベルリンで一番の繁華街にあるカイザー・ヴィルヘルム記念教会の広場がテロの標的となった。1895年に建てられた記念教会の美しい鐘楼の尖塔は、第二次世界大戦の空襲で破壊された。戦後、教会は焼き爛れた姿で残され、平和を祈る象徴となった。教会の広場は、市民憩いの場として一年中賑やかである。ISO会議の会場となるドイツ規格協会は、記念教会の広場から歩いて数分と近い。会議後の夕食は、この広場を通ってレストラン街に向かう。ときに広場でのフェスティバルに遭遇する。屋台が並び、大勢の市民や観光客が、夏はビール、冬は温かいワインで歓談する。その広場で起きたテロは、ベルリン市民に深い悲しみと強い憤りをもたらした。ベルリンは、第二次世界大戦後の冷戦時代に「ベルリンの壁」にて東西に分断された。壁崩壊後の平和な時代、テロとの戦いに巻き込まれることになった。終わりの見えない新たな戦いである。平和を祈る象徴として記念教会の存在は一層大きなものとなった。真に平穏な市民生活が永く続くことを心から願うばかりである。