2017年9月号(第63巻9号)

低栄養対策へのシフトチェンジ

藤田保健衛生大学医学部臨床検査科教授/
臨床検査部長・超音波センタ―長
石井 潤一

健康指導をしていると、減量を過度に意識し、肉が好きなのに粗食で我慢している高齢者に時々遭遇する。これは“メタボ”概念の定着による弊害と、“粗食で長寿”という誤解から生じていると思われる。健康寿命の障害として“フレイル”が注目されている。フレイルは“虚弱”を意味する“frailty”から来ている。健康と病気の中間的な段階で、75歳以上の後期高齢者の多くはフレイルを経て要介護状態になる。高齢者では過栄養に傾いている“軽度肥満”の方が低栄養である“痩せ”よりフレイルに陥らず寿命が長い。
厚生労働省による食事摂取基準2015年版では、18~49歳における生命予後が最もよいBMIは18.5~24.9、50~69歳では20~24.9、70歳以上では22.5~27.4である。さらに、65歳から79歳までの高齢者では、BMIが20.0~22.9に対する死亡の相対リスクは男女ともにBMIが30近くまでは増加しない。しかし、BMIが20を下回ると死亡リスクは増加する。この肥満パラドックスを鑑みると、高齢者のBMIは25を少し超えても30を超えなければ現状維持でよい。したがって、65歳まではメタボ対策を指導する。わが国ではBMIが30を超える様な肥満の高齢者はほとんどいないので、75歳以上では体重は現状維持で十分であり、逆に低栄養対策の意識付けを行う。具体的には75歳以上の後期高齢者では食事を減らして減量するのではなく、食事はそのままで、適度な運動を行う。もちろん、食事のバランスに留意さえすればもっと好きなものを食べてよい。なお、65歳から75歳までの高齢者には個々の現状に合わせた対策を行う。糖尿病などの代謝疾患を抱えた肥満者は減量すべきである。一方、そうでない方では低栄養対策に向けた準備を行う。
わが国の高齢化は急速に進展しており、平成27年10月の時点での高齢化率は26.7%に、75歳以上の後期高齢者が占める割合は12.9%に達している。健康指導をしていると、高齢者におけるメタボから低栄養対策へのシフトチェンジが健康寿命を延ばすための喫緊の課題であることを実感できる。