2015年7月号(第61巻7号)

前立腺“がんもどき”

藤田保健衛生大学医学部 病理学 教授
堤 寛

最近、前立腺癌針生検の検体数が激増している。しかも、以前と異なり、10本以上、多い施設では20本近い生検検体が提出される。多くが60歳以上の患者。PSA(prostate-specific antigen)によるスクリーニングで異常値を示すと生検される。PSA値が4~10ng/mlのグレイゾーンでは数ヶ月おきに再検され、少しずつ値が上昇すると生検対象になる。結果的に、小さな前立腺癌(多くはGleason score 6)がみつかる。従来経験しなかった頻度だ。
剖検時に小さな癌(ラテント癌)のみつかる頻度は前立腺と甲状腺に高い。これは病理医の常識。針生検で標本全体のごく一部にみつかる前立腺癌(高分化型腺癌)の多くはラテント癌ではないかと思われる。その証拠に、大阪府がん登録の統計で、前立腺癌の罹患率が急増しているのに、死亡率はそれほど変化していない(前立腺癌の5年生存率は1987年が52%、2007年には97%!)。
PSA検診が前立腺癌の死亡率を下げないことから、米国や欧州では10年以上前からPSA検診無用論が常識。なぜ日本だけが「早期発見・早期治療」を錦の御旗に、PSA検査が正論化されるのだろう?毎日のように前立腺癌の診断をせざるを得ない病理医(私)は、診断を前立腺“がんもどき”にしたい衝動に駆られる。
PSAが10ng/ml以下だと、生検標本に癌がみつかる頻度は半分程度。PSA上昇が慢性炎症による症例が多い。でも、正常組織像も決して少なくない。これらの症例では、病院に自転車で通院したか、検査前日にセックスをしたと想像される。サドルによる前立腺マッサージや射精による前立腺の収縮が血清PSA上昇を招くことを、男性陣にもっと啓発したい。前立腺癌を煩った私の父親が言っていた(91歳の老衰死まで、治療前100近くあったPSAはホルモン療法で15 年間超低値を維持)。「(経肛門的生検で)あんなあられもない格好をさせられるのはこりごりだ。」
韓国人女性にみつかる甲状腺癌の頻度は日本人の10倍以上。これも過剰な超音波検査のせいである。過剰診療を避けることは、医療費削減のみならず、国民の健康感にとっても重要である。「知りたくない権利」を守るために、医療者がPSAや甲状腺超音波を検査しない決断が必要である。