2015年7月号(第61巻7号)

肺炎原因菌シリーズ 7月号

写真提供: 株式会社アイカム

レジオネラ・ニューモフィラ Legionella pneumophila

「ラット腹腔マクロファージを用いたin vitro 感染モデルにおける本菌の特徴的な細胞内局在を示す位相差顕微鏡写真」

レジオネラ属菌(Legionella pneumophila)は、50以上の菌種からなるブドウ糖非発酵性、好気性のグラム陰性桿菌の1群である。In vivoでは短桿菌の形態を呈することが多い。喀痰などの検体中の菌はグラム染色では染まりにくく、検出にはヒメネス染色法や鍍銀染色法を用いる必要がある。また通常の細菌検査用培地には発育せず、活性炭と酵母エキスを含み、しかもpHを6.8~7.0に厳密に調整したBCYEα培地などの特殊培地に培養しなければならない点も大きな細菌学的特徴である。
Legionella pneumophilaは、もともと土壌、河川、湖沼などの自然環境中に広く生息し、自由生活型原虫や藻類と共生してその細胞内で増殖する環境細菌である。その一方で、ホテルや工場の配水システム、さらには病院や長期療養施設の給水設備などの人工的な水系環境内にも入り込んで増殖する。この場合、共生微生物に加えて温水(25~42℃)、湯垢その他の有機堆積物の存在といった条件がそろえば(連続循環型浴槽など)、Legionella pneumophilaの増殖はさらに促進される。
こうしてLegionella で汚染された水(とくにエアゾル)が誤嚥されたり吸入されたりすると、レジオネラ肺炎が起こる。今や欧米ではLegionellaは市中肺炎および院内肺炎双方の重要な原因菌となっている。これらの肺炎をひき起こすLegionellaは10菌種以上あることが知られているが、L. pneumophilaが原因菌の80~90%と圧倒的多数を占める。レジオネラ肺炎が最初に報告された歴史的事件として、1976年、米国フィラデルフィアのホテルで開催された退役軍人(在郷軍人)会におけるアウトブレイクが有名であるが、この時の原因菌がL. pneumophilaであった(こうした経緯からレジオネラ肺炎は在郷軍人病ともよばれる)。わが国では、レジオネラ肺炎の第1例が1981年に報告されて以来、とくに2000年代後半からは急激に症例数が増えており、現在4類感染症に指定されている。
レジオネラ肺炎の発症機序に関連して最も注目されているLegionellaの特徴は、宿主の防御機構とくに食細胞とのユニークな相互作用にある。汚染されたエアゾルの吸入などによって肺胞腔に到達したLegionellaは、肺胞マクロファージによって貪食される。通常の細菌であれば、貪食された菌はまずファゴソーム(食胞)内に捕捉され、次いでリソソームが融合してファゴリソソームが形成され、その中に取り込まれた菌はリソソーム由来の活性化された種々の加水分解酵素や殺菌性蛋白の作用によって死滅する。ところがLegionellaが感染した細胞ではファゴソームとリソソームの融合が阻止される結果、菌はファゴソーム内で生存・増殖を続けることができる。このようにして細胞内殺菌を免れた一部のLegionellaは食細胞が破裂するまで増殖し、破裂後はまた新たな細胞に貪食され、同様の周期的発育プロセスをくり返す。
ここに示すのは、ラット腹腔マクロファージを用いたin vitroモデル実験系においてL. pneumophilaの菌液にマクロファージを加えてから約30分後に撮影した位相差顕微鏡写真である。固定・染色処理を施していないために細胞の輪廓は不鮮明であるが、核の近くの細胞質内には円形のファゴソームが6個ほど互いに隣接して存在し、各ファゴソームはLegionellaと思しき桿菌状または短桿菌状の構造物を内蔵している。同様の構造物はファゴソームの外にも多数認められ、菌が細胞内で活溌に増殖していることをうかがわせる。

写真と解説  山口 英世

1934年3月3日生れ

<所属>
帝京大学名誉教授
帝京大学医真菌研究センター客員教授

<専門>
医真菌学全般とくに新しい抗真菌薬および真菌症診断法の研究・開発

<経歴>
1958年 東京大学医学部医学科卒業
1966年 東京大学医学部講師(細菌学教室)
1966年~68年 米国ペンシルベニア大学医学部生化学教室へ出張
1967年 東京大学医学部助教授(細菌学教室)
1982年 帝京大学医学部教授(植物学微生物学教室)/医真菌研究センター長
1987年 東京大学教授(応用微生物研究所生物活性研究部)
1989年 帝京大学医学部教授(細菌学講座)/医真菌研究センター長
1997年 帝京大学医真菌研究センター専任教授・所長
2004年 現職

<栄研化学からの刊行書>
・猪狩 淳、浦野 隆、山口英世編「栄研学術叢書第14集感染症診断のための臨床検査ガイドブック](1992年)
・山口英世、内田勝久著「栄研学術叢書第15集真菌症診断のための検査ガイド」(1994年)
・ダビース H.ラローン著、山口英世日本語版監修「原書第5版 医真菌-同定の手引き-」(2013年)