2015年4月号(第61巻4号)

プロテインS比活性測定

佐世保市保健所 所長
九州大学 名誉教授
濱崎 直孝

親に顔や骨格、性格が似るのは当然であり、それが遺伝であることを皆は知っている。一方、個人の知力、知能については、遺伝よりもその個人の努力の成果が反映されている。例えば、算盤の達人が、凡人には信じがたいような計算を瞬時に正確に行うのは、その達人が素晴らしい能力を遺伝的に持っていたのではなく、その達人が努力して、頭脳が持つ算盤機能を有効に利用することができるようになったことを意味している。アルバート・アインシュタインやスティーブン・ホーキングなど天才物理学者といわれている人々でも基本的には同様な努力をしたと思われる。頭脳も遺伝するのは間違いないが、人間が日常生活で活用している頭脳機能(知力、知能)は、その頭脳機能を使えるように各個人で努力して獲得しなければならないということである。それ故に、卓越した知識人の子息が凡人以下ということもしばしば起こるのである。
医学・医療を学び始めた医学生時代には考えもしなかったが、最近では、各個人の健康状態はほとんど遺伝に左右されていると考えるようになった。災害や交通事故などによる直接的な障害は別であるが、環境的要因が大きいと考えられている感染症の発症ですら遺伝の影響を受けている。“普通の病気”でも各個人が持つ様々な遺伝子の組み合わせ(=体質)の違いで病気の発症や病勢に影響が出る。全て体質(遺伝子の組み合わせ)によって運命的に影響されるのである。そのような中で、知力、知能に関しては遺伝ではなく、無限の可能性を各個人の努力とした仕組は、神様が人類に与えた恵みなのだろうか。
最初から話が横道にそれたが、我々は“エコノミークラス症候群”(正式病名:静脈血栓塞栓症)の危険因子となる遺伝子の一つを明らかにすることができた。九州大学病院検査部の皆さん方と1993年(平成5年)から定年退職する2006年(平成18年)までの足かけ15年間の系統的な調査をした結果である。静脈血栓塞栓症は昔から体質的に発症しやすい人々がいることは知られており、そのような人々を血栓性素因(Thrombophilia)を持っていると称している。15年に亘る系統的な調査で日本人の約4%の人々は血栓性素因を持っており、大きな手術後や長時間の飛行機旅行や避難所生活で静脈血栓塞栓症を発症する危険度が5-10倍も高くなることが判明した。その危険な遺伝性素因(血栓性素因)はプロテインSとよばれる血液凝固にブレーキをかけるタンパク質の遺伝子で、プロテインSの機能異常(=遺伝子異常)がその発症の原因であった。その帰結からさらに9年経過する2015年(平成27年)4月からプロテインS機能検査(プロテインS比活性測定)が医療保険による通常の血液検査で手軽に検査ができるようになる。苦節20年である。