2014年4月号(第60巻4号)

オリンピックの“魔物”

埼玉協同病院臨床検査科 部長
村上 純子

予想では、ソチオリンピックで日本選手が獲得するメダルの数は、過去最高になるはずだった。しかし、例によって実際にはそうはいかず、毎度のことながら、「実力が発揮できない=オリンピックには魔物が棲んでいる」ということになりそうだ(これを書いているのがオリンピック期間中のため)。
そうではない、予想より実際のメダルが少ないのは、回帰分析でみられる「平均値への回帰」すなわち、実際のデータは、理論上の推測よりも“平均値に近づく”という現象そのものであると、西内啓氏が著書「統計学が最強の学問である」の中で述べている。
……スポーツの結果は実力だけで決まるわけではなく、記録は変動する。そのバラつきを左右するものをコンディションと呼ぶとすると、オリンピック至近の大会でたまたま自己最高記録を出せた選手の多くは、本人史上まれにみる好コンディションであった可能性が高い。そうした好コンディション込みの記録をもとに本番の結果を予測するというのは、奇跡がたまたま2回起きることを願うという、虫の良過ぎる“期待”でしかない。統計リテラシーがあれば、本番では奇跡的な好記録より、「平均値へ回帰」する結果となることが容易に推定される。であるからこそ、オリンピック代表選手には、「バラつきをなくす」ことや、「バラつきが関係なくなるほどの圧倒的な実力を示す」ことが求められる……つまり、バラつきを持つ現象に関する理論的な予測はそれほどうまくはいかないということである。
西内氏は、同書の中で「一面的な単純集計の愚かさ」についても、例を挙げて述べている。〈次の食べ物を禁止すべきかどうか考えてみましょう〉
・心筋梗塞で死亡した日本人の95%以上が生前ずっとこの食べ物を食べていた。
・凶悪犯の70%以上が犯行前24時間以内にこの食べ物を口にしている。
・江戸時代以降日本で起こった暴動のほとんどは、この食べ物が原因である。
この食べものは「ご飯」である。一面的な単純集計に捉われると、愚かにも「ご飯を禁止する」という結論に至ってしまうかもしれない。
そんなバカなって思いますか。でも、「ご飯」を「抗がん剤」に置き換えて、こんな感じの理論を振りかざしているヒト、いませんでしたっけ?
統計リテラシーがないと、魔物に取り憑かれてしまうかもしれません、ご用心のほど……