2010年8月号(第56巻8号)

ふたつの鏡

三重大学大学院医学系研究科長・医学部長 登 勉

自分のことは自分が一番わかっているようで、実はよく知らないことが沢山あります。確かに、非日常的な状況での【普段のあの人からは想像できない行動だった】という善悪両方に受け取れる評価とは別に、普段でも周りにはよく理解できない、時には困惑させる行動をとる場合があります。個人にとっては理に適った行動であっても、周囲に受け入れられない状況は、理念と目的を共有する集団や組織の場合には問題になります。
一方、2007 年に話題になった頭文字略語のKYは、その場の雰囲気や状況などを察する(感じる・掴む)ことを表わす「空気を読む」の「空気」と「読む」の頭文字で、主に空気が読めない人を意味します。勿論、肯定的に使用されることはありません。自己の価値観や尺度で判断し行動するという個性は、独創性が尊重される分野では貴重ですが、社会生活においては独善的で協調性がないというマイナスイメージを与えます。
平成16年度に法人化された国立大学は、社会への説明責任を果たすために広報活動に力を入れるようになりました。昨年一年間、所属する大学の広報を担当して、自分の大学や教員について知らないことが沢山あると感じました。冒頭の文の通りです。各大学は、ホームページのデザインを改修し、外部向け広報誌を発行し、大学名を冠した商品を販売しています。これらの活動は、空気を読んで横一線に並ぶ様を想像させます。
さて、顔や姿を映す最も簡便な方法は水面の利用であり、水鏡が最初の鏡であったと考えられます。その後、石や金属を磨いて鏡(表面鏡)として使用し、1317年にヴェネツィアのガラス工がガラスの裏面に錫アマルガムを付着させて鏡(裏面鏡)を作る方法を発明して以来、銀鏡反応の開発などの製造技術の改良によって進歩してきました。鏡は、顔や体の前面を、そして、体を斜めにすれば横からのアングルを映しだします。残念ながら、ひとつの鏡では後姿を見ることは困難です。大学の運営には、自己評価という前面鏡と社会からの評価という後面鏡のふたつの鏡に映る姿を3D映像に再構成する能力が求められているように思います。そして、このことは全ての組織とその構成員にも当てはまるのではないでしょうか。