2010年8月号(第56巻8号)

虫林花山の蝶たち(8):

森のサファイア ジョウザンミドリシジミ Cognatus Green Hairstreak

前回は森の宝石ゼフィルスの仲間で最も輝きが強いアイノミドリシジミを掲載しましたが、今回は同じ仲間のジョウザンミドリシジミを紹介します。ジョウザンミドリシジミのオスの翅は、青緑色に輝くのが特徴で、アイノミドリシジミが「エメラルドグリーン」だとすれば、ジョウザンミドリシジミは「サファイアブルー」という表現が相応しいと思います。
ジョウザンミドリシジミは、本州と北海道に分布していますが、中部地方以北に多く、幼虫はミズナラ、コナラ、カシワの葉を食べます。ちなみに、ジョウザンミドリシジミのジョウザンという名前は、本種が最初に発見された北海道札幌市近郊の「定山渓」に因んで付けられたようです。
ジョウザンミドリシジミ♂の翅表は前述したようにサファイアブルーに輝きますが、見る角度によっては輝きや色が失われて、ただの土色にしか見えません。これは、このチョウの色がいわゆる「構造色 structurecolor」であるという証明なのです。すなわち、この輝きは鱗粉表面に刻まれた格子状の構造によるもので、光の干渉により緑から青色の光のみが反射されるためなのです。タマムシ(正式にはヤマトタマムシ)という昆虫をご存知かと思いますが、タマムシの翅は、一見したところ緑色に見えますが、光を当てる角度によって色彩が変化します。これは、タマムシの翅がもつ本来の色素の色が変化しているのではなくて、特定の波長の光同士が互いに強まったり、弱まったりすることで目に見える色が変化したものなのです。昔から、どちらつかずの状態、曖昧なことを「玉虫色」と表現しますが、これはタマムシの翅の色が特定の色彩名を当てられないことに由来しているのでしょう。
なぜ、昆虫たちはこのような構造色を身にまとうのでしょうか?そこには何らかの合目性が存在するはずです。それは、オスが美しい輝きでメスにアピールすることも一つですが、昆虫の最大の天敵である鳥が「色が変わる金属的な輝き」を怖がる性質があるためかもしれません。
南米にはモルフォチョウという青色の金属光沢を持ったチョウがいます。このチョウの翅の輝きは、1kmも離れた場所からわかるという噂があるくらい強いものです。2003年に松井真二教授(兵庫県立大学高度産業科学技術研究所)らは、集束イオンビーム装置を用いて、この構造をシリコン基板上に作り出すことで、モルフォチョウの青色を再現することに成功しました。いつかこの愛らしいジョウザンミドリシジミの色も再現できるかも知れませんね。
幾つになっても美しいサファイアブルーに心ときめかせ、今年も梅雨明けになるとこのチョウに会うために高原のミズナラ林に朝早くから通っています。
虫林花山の散歩道:http://homepage2.nifty.com/tyu-rinkazan/
Nature Diary:http://tyurin.exblog.jp/

写真とエッセイ 加藤 良平

昭和27年9月25日生まれ

<所属>
山梨大学大学院医学工学総合研究部
山梨大学医学部人体病理学講座・教授

<専門>
内分泌疾患とくに甲状腺疾患の病理、病理診断学、分子病理学

<職歴>
昭和53年…岩手医科大学医学部卒業
昭和63-64年…英国ウェールズ大学病理学教室に留学
平成2年… 山梨医科大学助教授(病理学講座第2教室)
平成8年… 英国ケンブリッジ大学病理学教室に留学
平成12年…山梨医科大学医学部教授(病理学講座第2教室)
平成15年…山梨大学大学院医学工学総合研究部教授

<昆虫写真>
幼い頃から昆虫採集に熱を上げていた。中学から大学まではとくにカミキリムシに興味を持ち、その形態の多様性と美しい色彩に魅せられていた。その後、デジタルカメラの普及とともに、昆虫写真に傾倒し現在に至っている。撮影対象はチョウを中心に昆虫全般にわたり、地元のみならず、学会で訪れる国内、国外の土地々々で撮影を楽しんでいる。