2009年12月号(第55巻12号)

臨床検査のグローバル化と日本の豊かさ

東海大学医学部 基盤診療学系臨床検査学 教授
宮地 勇人

日本は今後も先進国として存続していけるのだろうか?そんな疑問が愚問でなくなってきた。
国の豊かさの指標は国民総生産GDPで表される。日本のGDPは世界第2位となって久しい。日本は近代産業を発展させる上で、国土が狭く、資源に乏しいなど様々な不利な環境にあった。その逆境が国際競争力につながった。すなわち、輸入した資源を国内で加工して付加価値をつけ、良質の製品を輸出することに努めた。これが国際競争力の源となり、GDPが増加し、国として発展して来た。その結果、日本円の価値は高まった。その御陰で、誰でも気軽に海外旅行に行くことができ、また海外から物を安く輸入できる。
その豊かさの享受が永遠に続くと信じられて来た日本の背景が崩れ始めている。少子高齢化社会を迎えた日本は、生産人口の減少によりGDPが減少していく。日本のGDPは年内にも中国に抜かれようとしている。経済産業活動のグローバル化の中、経済成長を支えて来た中小企業の活力は低下し、また全体を牽引して来た主要産業の自動車、機械、電気の何れも厳しい局面を迎えている。国家財政も赤字が増大し、借金(債務残高)が、一般会計税収の10年分相当、またはGDPの1.8倍と急速に悪化し、主要先進国の中で最悪の水準である。この状況が続くと、日本の国力とともに、日本円の価値は下がり、その結果、プラザ合意以前の1ドル360円の時代が来る懸念も指摘されている。食料や石油製品をはじめ輸入品目の価格が高騰し、日常生活も厳しくなる。海外旅行は、一部の富裕層を除き、一般国民には困難となる。
日本が国力を維持または高揚するには、産業の競争力醸成が必要である。しかしながら、今後の日本が独自の産業を育成し、再び国際競争力を高めるための成長戦略は限られる。世界でいち早く少子高齢化社会を迎えた日本の逆境は、一方で、新たに産業を育成し、国際競争力を高めるチャンスでもある。高齢者は医療や介護を必要とし、そこには多くのニーズがある。その需要を捉えることは新たな産業を育成する絶好の機会である。医療は、診断薬、治療薬、医療機器など関連産業の裾野が広く、産業育成の期待効果は大きい。人工多能性幹(iPS)細胞技術をはじめ再生医療で先進的な技術が開発されている日本では、新たなバイオビジネスとの相乗効果も期待される。急速に高齢化社会を迎えると予想される中国という巨大な市場も地理的に近い。
海外では、日本と異なり、医療サービスは産業と位置づけられ、国家が関連産業の育成に力を入れている。その違いを私が実感するようになったのは、臨床検査と体外診断検査システムの質的な向上を図るための国際的な技術委員会であるISO/TC212委員会に日本代表団の一員として参加し始めてからである。国際的な標準化の規格内容は、関連する医療製品の国際競争力を左右する。したがって、ISO/TC212委員会への参加と議論は、臨床検査の標準化活動を通して、臨床検査や医療関連の産業のグローバル対応さらには国際競争力の向上に寄与しうる。これら活動が、医療の質向上とともに、日本の活力や豊かさにつながることを望んでいる。