2008年11月号(第54巻11号)

高齢者を老け込ませない社会

東京医科大学微生物学講座
東京医科大学病院感染制御部
松本 哲哉

最近、“元気な高齢者”に関するニュースをいくつか目にした。インドに住む90歳の男性は今年、娘が誕生し、世界最高齢で父親になったそうであるが、現在4人の妻がいて、「100歳になるまでは子どもが欲しい」と言っているそうである。映画界の巨匠である新藤兼人監督は今年96歳になるが、孫に体力面の管理をしてもらいながら新作の映画を完成させた。その後、彼は「最後の作品かと思ったが、撮影後すぐにシナリオを2本書いた」と語ったそうである。100歳を超えて砲丸投げの世界記録を作られた日本人男性は「おもしろいことに年齢を経るごとに記録が伸びている」と話し、家族との晩酌を楽しみにしている。これら超人ともいえる高齢者に共通しているのは、気力が充実していて意欲が衰えないことだと思われるが、さらにもうひとつの重要な点は、“孤独でないこと”だと思われる。これらのご老人は皆、家族や仲間に囲まれ、孤独という言葉とはかけ離れた生活を送っている。
75歳以上を後期高齢者として区別し、保険診療上、別枠として扱う制度が導入されさまざまな批判を浴びた。確かに高齢者の増加とともに医療費は増大し、財政面で大きな負担になることは無視できない問題である。しかし今回紹介したように、高齢者は皆が同じように衰えていくのでもなければ、同じように病気に罹るのでもない。高齢者に限らず人の生きる気力は周囲の人たちとの関わり合いの中で生まれると思う。それなら周囲とのコミュニケーションを活発にして、社会の中で高齢者が孤独に陥らない環境を作ることができれば、高齢者はより元気になるのではないだろうか。今後、国を先頭として我々が取り組むべき対策は、姑息な手段を用いて高齢者の医療コストを減らすことではなく、発想を転換して、どうすれば高齢者が孤独を感じない環境を作り出せるかということではないかと思う。元気な高齢者が増えれば医療だけでなく介護にかかる費用も減らせるであろう。高齢者への固定した先入観を捨てて、今こそ高齢者を老け込ませない社会にしていく必要があると思われる。