2006年9月号(第52巻9号)

かわいい学生達

帝京大学医学部病理学教室 主任教授 森 茂郎

学部に赴任することが決まった時、先輩教授から「学生はかわいいですよ」と言われたが、正直のところピンと来ませんでした。理由の一つは、自己主張の強い院生やポスドク達との付き合いが長かったためでしょう。彼らに「かわいい」という表現はおよそマッチしなかったのです。

さらには若い頃講義に出向いた複数の医大での体験があります。それらの講義室における情景は、学生達は部屋にはいるのだが前3列が完全に空いている、つまり私の視野に入りにくい後方の席に学生が群がっている、というもの。私はこみ上げる怒りを抑えつつ、「講義には最善を尽くすから、聞きたいと思う諸君はどうか前に座ってほしい、聞きたくない方は遠慮なく出ていってください」と啖呵を切ったものでした。15年以上前の話です。

舞台は変わって昨今の学園。教室は目一杯の出席。前の方に座っている学生達は私の講義にvividに反応してくれる。外で出会えばめざとく見つけて声をかけてくれる、という状況がここにはあります。「かわいい」という言葉を、なるほど、と理解しました。こういうfriendlyな学生達を前にすると、彼らの将来のために一肌も二肌も脱いでやりたいと思います。教師冥利ですね。

この気風の違いは何によるのだろう?と考えさせられます。時代の違いか学風か、私の感性が齢を重ねて変わったのか?あるいは彼らは、我々が経験していない厳しい国家試験と研修、そのための盛りだくさんのカリキュラムにどっぷり漬けこまれていて、斜に構える余裕などないのかもしれない。これが理由なら状況はいささか深刻で、かわいい、などと浮かれていられないですね。一方では、教師は結果的に特定の学生の肩入れになるような関係を持つべきではない、学生と酒をのむなど論外、と主張される方がおられる。これもまた現代なのでしょうか。学生との関係論に模索が続きます。