2005年5月号(第51巻5号)

「グローバル化と感染症」

東京大学医科学研究所附属病院 院長 岩本 愛吉

国内で欧米型のB型肝炎ウイルス(HBV)感染者が急増している、との新聞報道を昨今時々目にする(2002年8月13日読売新聞、2005年4月10日朝日新聞等)。HBVは遺伝子配列に基づいてサブタイプ分類されており、日本を含む東アジア、東南アジアではCサブタイプが多く、欧米はAサブタイプが多いというのが教科書的な記載である。わが国では、垂直感染がHBVの主たる感染経路であり、母子感染予防によりキャリアの数を減らすことに眼目がおかれてきた。成人における主たるHBV感染経路は性的接触によるが、わが国ではHBVの性感染症としての側面が強調されてきたとは言えない。私の教室では、鯉渕智彦君がHIV-1/HBV重感染者におけるウイルスサブタイプを解析し、この集団ではAサブタイプが大部分を占めていることを見出し、今後の日本のHBV分布図が変わる可能性があると、2001年に指摘している(J. Med. Virol. 64:435-440, 2001.)。性的にアクティブな人たちの間で、新興・再興感染症が問題となるのはウイルス(HIV-1、HBV、HHV-8 等)ばかりではなく、梅毒等の細菌もしかりである(MMWR 51: 853-856,2002)。現代感染症の世界的情勢について考えると、言うまでもなく問題は性感染症にとどまらない。1970年以降、新たに発見された感染症は30以上あり、SARS、トリインフルエンザ、ウエストナイル脳炎、v-CJD(BSE)など、国境を越え地域的あるいは世界的な問題となっている感染症も数多い。人口増加、食の変化、経済・流通システムの変化、交通の変化、環境変化等々、感染症の背景となる多くの要因が急激に大規模化し、高速化している。感染症に関わるこのような大きな変化を統一的に捉えるポイントは何だろうか、と最近考え続けている。“グローバル化”こそ、21世紀の地球規模での感染症を考えるキーワードではないか、と考えるこの頃である。