2005年2月号(第51巻2号)

本物を見極める眼

富山医科薬科大学医学部 臨床検査医学 教授  北島 勲

毎年10月は大学の研究者にとっては大切な時期である。科学研究費の申請書を作成する期間にあたる。平成17年度から一定の条件を満たせば誰でも申請できるようになった。制度変更により多くの研究者に予算獲 得の門戸が拡大されたことは歓迎すべきことである。同時に益々予算獲得競争が激しくなってきた。採択されるためにどのような研究を申請し、その内容や方法をいかに審査委員にアピールできるか頭を悩ませる。今回は自分の申請書以外にも、初めて申請する検査技師や医員の指導のため例年以上に大変だった。いつもこの時期思うことがある。「この申請課題は本当に自分が心から行いたい研究なのだろうか。本質を追求する研究内容になっているのだろうか。」と自問自答する。やりたい研究やアイデアはいっぱいある。しかし、それがどこまで本質に迫れるものであるか見極めることは難しい。

毎年、私は科研費申請が終わると共同研究のため、米国東海岸の大学研究室をいくつか訪問している。この時、美術館に訪れることを楽しみにしている。今年もワシントンDCのナショナルギャラリーに立ち寄った。 レオナルド・ダ・ビンチの「シネブラ・デ・ベンチの肖像」にまた会うことができた。今年は他の美術館に貸し出していてなかなか目にすることのできないフェルメール作とされる3つの作品(手紙を書く女、天秤を持つ女、赤い帽子の女)が一室にまとまって展示されていた。オランダ女性が部屋に差し込む陽の木漏れ日を微かに受け、もの静かに日常生活を営む姿を観ると17世紀にタイムスリップさせてくれる。その光の柔からさや人物の暖かさは写真や画本のそれとは明らかに異なる。光の効果の表現においてフェルメールほど調和の取れた魅力を醸しだせる画家はいないであろう。そのフェルメールの色彩の魔術は本物でないと味わうことができないことを痛感した。名画を前にしてゆったりとした至福の時間に浸っている時、小学低学年と思われる少女がわたしの前に歩み寄ってきて「How beautiful!」と囁いた。小さい時から本物を実際に自分の目に焼きつけ、本物とは何かを知ることによって感性が身につき、本物を見極める目が鍛えられるのかもしれない。ナショナルギャラリーは入場料無料でいつでも何時間でも名画と出合う機会を与えてくれる。今、医学教育はモデルコア・カリキュラムやCBT、OSCE、卒後臨床研修必修化など変革期を迎えている。このような教育変革の中に是非、医師として感性を磨き、本物の研究に触れ、将来本物の仕事ができるような教育が今の改革時代に特に必要なのではと感じた次第である。