2004年12月号(第50巻12号)

どこに向かう獣医学教育

東京大学大学院 農学生命科学研究科 教授
小野 憲一郎

先日、あるOBの先生とお会いした。「興味ある人や飼い主さん以外の人で、東大に獣医学科のあることを知っている人は少ないネーー、何でもいいからもっと宣伝しなくちゃ」とお叱りを頂いた。巷では今、BSE、鶏インフルエンザ、口蹄疫、SARSと獣医学が密接にかかわっている様々な病気が問題となり、また話題にもなっている。実際、多くの獣医学者・獣医師がこれらの病気の診断・予防・防疫など様々な面で活躍している。このような状況であっても、獣医学あるいは獣医師の果たしている役割があまり知られていないことは、獣医学教育に携わる者の一人として、はなはだ悲しい現実と言わざるを得ない。全国の大学の獣医学部(学科)を受験する学生数は増加し、その偏差値も高く、いわゆる狭き門となってはいるものの、獣医学に対する社会的な認知は、いまだそう大きなものには成っていないのであろうか。その一方で、獣医診療では診療分野の細分化や専門獣医師養成に対する社会的な要求が著しく増加している。家族の一員としての動物を、より高度な、より最新の診療を受けさせたいと願う飼い主の要求に応えることも獣医学にとって必要なことである。幅広く深い知識や技術を得た学生(獣医師)を社会に送り出すことが獣医学教育の使命であろう。しかしながら、現状ではそのような獣医学教育を実践することは不可能と言わざるを得ない。獣医学教育に携わる最低教員数を決定した大学設置基準では理学、農学、薬学関係よりは多いものの、医学教育の1/4の定員しか定めていない。必要にせまられて今、全国の獣医学部(学科)は大学内での教員の再配分あるいは大学再編により教員数の増加を計ろうとしている。教員増が果たせなかった場合、獣医学教育あるいは獣医療はどのような方向に進むのか、その将来像を描くことははなはだ難しい。