2004年10月号(第50巻10号)

侮れない臨床医の勘

財団法人 緒方医学化学研究所
只野 壽太郎

2年ほど前、面白い経験をした。患者は95歳の男性で、極めて健康、仕事を持ち毎日JRで通勤していたが、足の甲がむくむようになった。02年1月、風邪を引き3日ほど寝込んだところ、浮腫が両膝の辺りまで広がったが、年相応のものと考え、様子を見ていた。その後、誤飲性肺炎を起こし入院、年齢相応の心機能と腎機能の低下、低蛋白血症、pancytopeniaと診断されたが、10日後に退院した。しかし、浮腫は入院中に下肢から大腿部まで広がり、歩行が困難な状態になったので、治療を考えていたところ、ある雑誌で「ビタミンB12の威力」という、自治医科大学血液内科小松則夫先生の記事を見つけた。

先生の第一例は軽度の貧血、不妊、難治性浮腫、低蛋白血症の若い女性でビタミンB12は基準値下限、とりあえずビタミンB12を筋注したところ全ての症状が改善し、妊娠までした例、第二例目は大球性貧血、低蛋白血症、浮腫があるが、ビタミンB12は基準値上限の男性がやはりビタミンB12の筋注で軽快した例である。

この記事を見て患者に早速ビタミンB12(メチコバール)500μgの隔日筋注を始めたが、なんと10日目頃から浮腫が引き始め、20日目には浮腫は足の甲に残るだけになり、低蛋白血症とpancytopeniaも改善し、現在元気に過ごしている。この症例を小松先生に報告したところ、その後、ビタミンB12が高値のpancytopeniaの患者がビタミンB12筋注で改善した症例を経験したとの返事をいただいた。

先生は学生に「データを見るだけでは臨床は出来ない、臨床医の勘を侮るな」と教育しているとのこと、我々検査データを扱う医師が最も心すべきことであろう。