2004年7月号(第50巻7号)

他人事ではなかった話

前日本大学 生物資源科学部
勝部 泰次

加齢に伴って“天然電脳”の動作が鈍くなり、エラーを起こしたり、フリーズしたりする頻度が高くなった。人の名前がとっさにでず、高名な俳優、歌手の場合でもあれ誰?、家人、ウーン名前は?。あげくにアイウエオ…。やっとワカッター!また、間違った刷り込みの訂正も思うにまかせない。

世の進歩に遅れないように、ニュースは良く聴き、持ち前の野次馬根性で新聞の社会面は十分に目を通している。でもその蓄積が役に立たないことに気がついた。「おれおれ詐欺」事件が連日報じられ、莫大な金額が詐取されていることはご存じの通り。過日、魔手が筆者の周辺にまで及んだ。“警察と名乗る人物”から息子が勤務先の車を運転して交通事故を起こし、相手側の妊婦が某病院へ収容された旨、息子の嫁さんへ電話があった。“警察沙汰”にすると息子は2~ 3 年刑務所行き、示談にしたらという話。さらに、本人から話を聞いてやってくれといわれたが、“息子という人物”はパニック状態で電話口で泣きじゃくるばかり。十分話が聞けない。何故かそこで電話が突然プツンと切れたそうだ。

慌てた息子の嫁さんから相談を受けた筆者は、この事実関係を疑いもせずに丸飲みした。ただ、年の功で、“警察”から再度連絡があるまで動かないように注意した。何の音沙汰もないので、息子の勤務先へ電話した。勤務先の係の人が調べて「そのような事実はない。当方の車は専属の運転者がおり、その他の職員が運転することはない。近頃流行のおれおれ詐欺ではないか」と示唆された。息子とも連絡がつき、事実無根と判明した。

ここに至るまで、あれほど見聞きしていた「おれおれ詐欺」に思いが及ばなかった。全く不甲斐ないことと反省。警察からの事故の連絡といわれると、まず相手を疑う余裕はない。ここに思い込み、刷り込みの落とし穴があるようだ。息子は免許を持っているが、自分の車にも手を出さない男。それが何で専属の運転者のいる勤務先の車を突然に?。さらに、警察からの連絡であるのに、“警察沙汰”になる前に示談などという、荒唐無稽な話へ発展するのか?落ちついて考えて見るとおかしなことばかり。幸い金銭を詐取されることは免れた。お金の授受はATMなどの普及で大変便利になった。しかし、電話による詐欺事件の頻発は、すべての場合を疑ってかからねばならないことになり、“天然電脳”の容量をオーバーしそうである。