2026年6月号(第72巻6号)

春の肴

秋田赤十字病院 感染対策室
萱場 広之

 雪国をドライブされた方ならお解りと思いますが、雪国では道路のわきに赤と白の高い棒が立ち並んでいます。冬の間、道端の赤白ポールはなくてはならない目印なのです。冬に雪が積もると道路の境目が判らなくなり、吹雪の翌朝には、道端に“転落”している車を見ることも決して少なくないのです。3 月に入って寒気が緩んだ日に、久々に青空の下で青森と秋田を結ぶ県道を走りました。見ると、うずたかく積もった雪の中から赤白棒に並んでバス停が頭を出しています。春一番に雪の下から顔を出すフキノトウを連想しました。フキノトウは、北日本では“バッケ”と呼びます。語源はアイヌ語の子を背負うという意味のパッカイとする説や、単にフキに化けるからという説もあり、はっきりしたことはわかりません。このバッケと甘めの味噌で作るバッケ味噌は、北国では粋な春の肴です。待ち望んだ春の訪れを味わう幸せ。バッケの苦味と香りは長い冬のトンネルから春へと解き放たれる開放感そのものであり、味覚を超えた華やぎがあります。日本人は季節に敏感で、食と季節感は日々の暮らしの中で結びついています。おいしそうな料理には季節を感じさせる工夫が凝らされています。自分の経験のみで何かを語るのは気が引けますが、北国暮らしの長い身には春の訪れは格別にうれしいものです。肌に触れる風の緩さ、どこからともなくやってくるほのかな花の香り、ささやかな春の徴にも敏感になるのです。
 さて、お酒の話。雪が緩んでくる時候、霞んだような夕暮れには、少し早い時間に暖簾をくぐり、まだ客もまばらな緩いカウンターで新鮮な香りのバッケ味噌を味わうとしましょう。店の一隅にさりげなく生けられた梅がほのかに香ります。ああ、何と贅沢なひと時でしょうか。年季のはいったおかみさんと、そのご亭主に感謝。細竹やタラの芽もいずれ季節になったら戴きたい…。
 上記「さて、‥」からは、バス停を見て一瞬脳裏をよぎった妄想でした。今はとりあえず仕事を終わらせないとどこにも行けません。