2024年5月号(第70巻5号)

がん患者になって想うこと

国立医薬品食品衛生研究所
三瀬 勝利

 2017年は我が人生で最悪の年になった。年明け早々に脳梗塞を発症し、医師のお世話になった。発見が早かったことと医師の的確な治療が功を奏し、後遺症を残さずに済んだことは幸いであった。しかし、7月に発見された大腸がんの場合はそうはいかなかった。がん細胞は一部のリンパ細胞に浸出していたが肺には至っていなかったものの、血流を介し肝臓に転移していた。転移巣は10個に上った。立派なステージ4の大腸がんである。覚悟をしていたものの、結果を聞いた時には血の気が引くのを感じた。「来年の夏は越せないな」と覚悟した。しかし、激しい動揺をしたのはその日だけで、翌日からは自分でも落ち着きを取り戻しているように感じた。「老化現象」のおかげである。
 手術は2回にかけて行われた。7月下旬にまず大腸がん(上部直腸がん)の摘出手術を行い、回復を待って退院した。その後4サイクルの抗がん剤投与を受けたが、私のがんはそれほど悪性ではなかったようで、抗がん剤が有効で肝臓がんの摘出手術が可能とされた。がんの摘出手術を担当して頂いた方は、幸運にも日本有数の名医であり、がんの全摘に成功した。しかし、肝臓の約半分を摘出したこともあり、お決まりの術後感染症で3か月間苦しむことになった。薬剤耐性菌の恐怖を、身をもって実感させられることにもなった。苦しい入院生活であった。重症患者専用の病室での長い入院生活を通じて、将来に回復の希望が持てない高齢者が、単に生きるためだけに、苦しみながら多くのチューブをつけて治療を受けていることを知った。断じて費用の無駄だというつもりはないが、我が国でもそろそろ「消極的な尊厳死」を受け入れる時が来ているのではないか。難しい倫理上の問題が山積しているが、消極的な尊厳死の受け入れについての本格的な議論を開始しても良い時期に入っているのではないか。私個人も、回復の可能性が少ないがんを再発した場合は、痛みを避ける投薬だけをお願いして、治療は辞退し静かに生を終えたいと思っている。「あのうるさい男が静かに死ぬとは思えない」という外野からの声が聞こえそうであるが。