2023年12月号(第69巻12号)

最近の楽しみ(続)

東京大学名誉教授
中原 一彦

 モダンメディア誌2010 年4 月号に「最近の楽しみ」との表題で随筆を執筆した。当時、小学館から2週間ごとに、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のCDマガジンが「魅惑の名曲」と題して出版されており、それを定期的に購入して聴くのを楽しみにしているとのことを書いた。その随筆が掲載されて間もなくのこと、大変高名な「K 先生」から、NHK 交響楽団のチケットが送られてきた。自分が行けなくなったので、替わりに私にコンサートに行かないかとのことであった。「K先生」は日頃から私が尊敬する大先生であり、私の拙文をお読みいただいたことも感激であったが、わざわざコンサートチケットをお送りいただいたことに私は心底感動した。先生のご厚情に甘え、2011 年1 月9 日、渋谷のNHKホールでの演奏会を鑑賞させていただいた。ベートーヴェンのピアノ協奏曲第1 番ハ長調作品15とチャイコフスキーの交響曲作品58「マンフレッド」であった。自宅でCD 版から聴く音とは比べものにならない臨場感溢れる音色に圧倒され、感動したのは今でも忘れられない想い出である。
 その後、2週間ごとに発売されたCDマガジンは、初版から2年間、計50巻にわたってコツコツと本屋に通い全てを購入した。途中、なかなか本屋に行けず、売り切れになってしまい挫けそうになったこともあったが、他の本屋をいくつか回ってやっと購入したときなどは、子供の頃に帰って自分なりに嬉々としたものであった。第1巻目の指揮者は小澤征爾、最終の第50 巻目はヘルベルト・フォン・カラヤンで締めくくられていた。そのCDマガジン・シリーズが好評であったのであろう、驚いたことに、その後追加でもう1 巻、特別版とも言うべき版が発刊された。Best of Best と題するその追加版は、少し小ぶりであるが、さらに厳選した8曲が収録されており、突然の発刊であったこともあり、私にとってはまさにお宝のように感じている。これら苦労して購入したCD版を聴くとき、K先生の温かいお気持とクラシック音楽の音色が重なり、得も言われぬ爽やかな春風が私の心を吹き抜けるのである。