2023年4月号(第69巻4号)

君たちは三瀬諸淵を知らないのか(続)

国立医薬品食品衛生研究所
三瀬 勝利

 先の小文を書いた後からも、幾人もの年若い阪大関係者と話をする機会があったが、誰一人として「三瀬さんは三瀬諸淵の関係者ですか」と聞いてくれなかった。阪大出身者には有能な人が多いが、熱烈な母校愛の持ち主は少ないのだろうか? 反対にこのところ、阪大出身者以外の熟年層の友人から「君は愛媛の出身だろ。親戚に大変に立派な人(三瀬諸淵)がいるようだな」と言われることが多くなった。仕事の第一線を引き、時間の余裕ができ、司馬遼太郎の小説などで諸淵の業績を知って、彼の行動に感銘を受けたものと思われる。
 諸淵の師・シーボルトは2 度来日しており、その度に幕府の取り調べを受けている。第一次シーボルト事件の折には年若い諸淵は巻き添えを食らうこともなかったが、第2 次シーボルト事件では非常に身近な存在だったこともあり、不当に逮捕され過酷な取り調べを受けている。しかし、節を曲げることもなく、終始堂々とした態度であったと伝えられる。医師としてだけでなく、人間としても偉大な存在であった。
 諸淵は私の故郷愛媛県八幡浜市の隣の町である大洲市の出身である。両市には古くから少数ながら三瀬を名乗る家があり、さる郷土史家の方が両者の関係や系図を調べていると伺ったことがある。しかし、その方との音信が途絶え,結果は不明のままである。諸淵と先祖を共通にしていると思いたいのだが、あのような高潔の士とお粗末な自分が共通の先祖の末裔とは思えないところもある。不明なことをよいことにして、「諸淵に縁者だろう」と聞かれた時には笑って答えないことにしている。
 私には珍らしく「沈黙は金」を実行している。