2022年11月号(第68巻11号)

トイレ考Ⅲ

帝京大学名誉教授
松田 重三

 日本語は語彙が豊富だ。例えばトイレ。英語はtoilet,abatory, water closet, rest room 程度しかない。一方日本語は、浮かぶだけでも、「便所」、「手洗い」、「洗面所」、「御不浄」、「手水」、「雪隠」、「廁」、「装物所」、「閑所」、「陰所」、「よそものどころ」、「はばかり(憚り)」、「高野山」、「渡辺」など枚挙にいとまがなく、言の葉も奥ゆかしい。語源にも由緒、由来がある。
 なぜ「高野山」か。宗門(トイレ)に入り己の髪(紙)を落とす行為に由来する。「渡辺」は、トイレに鬼が居るとの言い伝えあり、その鬼を退治した「渡辺綱」から来ている。
 「雪隠」は、中国の雪隠寺にトイレ掃除好きな禅士がいて、トイレで悟りを開いた故、あるいは、青椿(せいちん)を便所のそばに植えて覆い隠し、その「せいちん」がなまって「せっちん」になったためともいわれる。
 名前に「糞」が付いた有名人が紀貫之。幼名を「阿古糞麻呂」。現代ではイジメの対象になるだろう。可哀想な名前の昆虫も居る。ベンジョコオロギ(便所蟋蟀)やセンチコガネ。「センチ」は便所を意味する「セッチン(雪隠)」の転訛形だ。猫のうんちは猫糞(ねこばば)。排便後砂をかけて覆い隠すため。
 こんな「暗い、汚い、臭い、怖い」といった不名誉なトイレのイメージを、ガラリと変えた公共トイレを渋谷区が区内に設置した。安藤忠雄、隈研吾さんらが設計などを手掛ける「THE TOKYO TOILET」プロジェクトだ。コンクリート壁15 枚を無秩序に組み合わせ、“現代の川屋(厠)”を構築。壁と壁の間に男性用/女性用/だれでもトイレという3つの空間を導入したという。坂茂さんデザインによる「代々木深町小公園トイレ」は、空室時は外から室内が透けて見え、施錠すると不透明になる特殊なフィルムが入ったガラスを使用。
 落ち着いて用を足せるかどうか、特に女性にとっては不安で、電気系統が故障することを願う不埒な輩もいるに違いない。
 性別にせず「誰でもトイレ渋谷深町」なんて言う愛称をつけたらどうだろうか。インスタ目的でもかなりの人が訪れ活気づくに違いない。
 ベルリンで初めてトイレに入ろうとした際、「DAMEN」、「HEREN」マークが付いていた。独語が分からず印象から「HEREN」(入れん)ではなく、「DAMEN」が男性用だと判断して足を踏み入れたら、中にいた老女ににらまれた。“駄~目ん”だったのだ。「誰でもトイレ」なら、LGBTを含め万人に優しいトイレになるだろう。