2022年10月号(第68巻10号)

アサギマダラの訓示

元 新潟県立がんセンター新潟病院 臨床検査部長
佐藤 豊二

 第50回日本臨床検査医学会の前後を記す。ある時期、運動前後の血清と尿蛋白の変化を検討していた。Poortmans JR 教授(Brussel 自由大学)の論文は大いに参考になった。ALPなどのアイソザイムは電気泳動で検討できるが、詳細は個々の測定が望まれた。De Broe ME 教授(Antwerp 大学)は既に小腸型ALP(IAP)の測定をしていた。ある年の秋、上記の両先生のご指導を求めてベルギーに行った。
 Poortmans 教授には、尿を扱う場合は単位に時間の要素(例/min など)が必要だから注意するように、と。De Broe 教授からは、IAPの測定法をお聞きし、帰りには測定キット(Innotest IAP microplate strips,Innogenetics)を4 箱も頂いた。当時の流行語を使えば、「るんるん」気分でアントワープの街を歩いていたら、大きな館があった。門の中を覗くと、赤い椿のような花の咲いた木があり、そこにアカタテハに似た蝶が10 頭程綺麗に分布し、翅は小開きで息遣いていた。周りをよく見たら、「ルーベンス美術館」であった。蝶の写真を撮り、館内の作品を鑑賞した。蝶を気にしながら。
 中学生の頃、蝶の採集に熱中していた。ある秋の午後、アサギマダラに出会った。初めて観る蝶で、優雅な飛び方、透けて見えるような羽。体がこわばり、補虫網の振りが遅れ、蝶はふわりと身を交した。そして、「坊や、人生感を変えたほうがいいよ。採るより観るほうに」と、訓示されたような気がした。これは、飯豊山の麓の小さな出来事であった。
 それから六十数年後、「謎の蝶アサギマダラはなぜ海を渡るのか?」(栗田昌裕著PHP)に出会い購入した。アサギマダラの飛び方は24 種類あるそうだ。私が訓示を受けた時の飛び方は「緩慢飛翔」に当るようだ。暫くは、この著書を読みながら、かの訓示を噛みしめていたい。