2022年8月号(第68巻8号)

臨床検査という強い武器を手にしたシャーマンは?

神鋼記念会 総合医学研究センター
熊谷 俊一

 臨床検査という強い武器を手にした医師は患者さんにやどる病を見つけ出し、どこかの国から手に入れた新しい薬とやらで次々と病を治し、多くの人々を健康な世界へと帰還させ、その姿はまさに現代のシャーマンのようです。ところが現実は、限られた診察時間の中で、検査データに目を通し、CT やMRI などの画像をチェックし、下手すると患者さんの顔もほとんど見ることなく、電子カルテに病状や所見を記載し、最後には処方箋を出して次回の診察予約や検査のオーダーまでしないといけません。その結果、患者さんの話を聞いたり診察したりする時間は少なくなり、「患者さんに寄り添った医療」を実践するには相当な努力が必要です。自戒こめて、
患者さんから「検査の結果は色々説明してもらったけれど、私の言いたいことは何も聞いてもらえなかった」などの言葉をいただいてしまうこともあります。
 臨床検査や画像検査は、綿密な問診と十分な理学的所見を得た上で、診断の補足としてオーダーされ、その検査値や画像診断の結果が患者さんの困っていることや望まれていることの解決に結びついてこそ、初めて強力な武器を手にしたと言えると考えます。診断能力が低い医師ほど多くの検査をオーダーすると言われますが、当たらない武器は百害あって一利なしでしょう。
 シャーマンという言葉はもともとシベリアに住むエヴェンギ族の言葉「サマン」に由来するとされ、占い師であり、治療を行う医師であり、人間世界と精霊が住む世界との仲介者です。「深い精神の病を体験し、それを自ら治し正常の世界に帰還できた人間」がシャーマンとして選び出されます。彼らは通常の人間が知りえない心の深層領域を覗き込んだ体験を生かし、病める人の治療を行うとともに、未来に起こることの予言者として扱われてきました。私は決してシャーマニズムの信奉者ではありませんが、医学が高度に進歩し性能の高い武器を手にした今こそ、シャーマンが実践してきた「病める人を癒す」医療を忘れないようにしたいと思っています。