2022年4月号(第68巻4号)

鳩寿の弁

東京都健康長寿医療センター
稲松 孝思

 年齢の節目を祝う慣習があり、年祝い、算賀、賀寿などという。数え年60歳が華寿、61歳が還暦、70歳が古希、77歳が喜寿、80歳が傘寿、81歳が半寿、88歳が米寿、90歳が卒寿と言った具合である。その後には白寿(99歳)、上寿(100歳)、茶寿(108歳)、珍寿(108 歳以後は毎年)と続き、皇寿(111 歳)となるとギネスブックも近い。暦の一回りが還暦、10歳ごとに華寿、古希、傘寿、卒寿、上寿。数字の重なる年もお目出度いと、喜寿、米寿、白寿、皇寿。
それぞれの数字と漢字の形には判じ物めいた説明があるのだが、それはクイズにしておこう。
 90歳の『鳩寿』は最近になって言われることだが、京都の白川静翁が、随筆集:桂東雑記1(平凡社)の巻頭に書いた、「鳩寿の弁」というのが元らしい。氏は、京都の漢字学の泰斗で、中国の古代国家;殷の甲骨文字、金文の第一人者であり、漢字の成り立ちについての夥しい数の著作が出版されている。
明治41年のお生まれで、原稿を書いた時のお歳は91 歳であるが、その後も活動を続け、2004 年には文化勲章を受章している。2006年に96歳で天寿を全うされた。
 曰く、喜寿(七七)、傘寿(八十)、米寿(八十八)などは、略字の形を当てはめて言っているのであり、九十の祝いを普通には卒寿と言う。しかし、卆は元々“死者の胸元を合わせる:終える”という意味であり、寿の言葉としては如何か、私は鳩寿と呼ばれることを希望すると言うことで、いろいろ説明している。中国の古代の「後漢書、礼儀志」に、八十、九十の功臣に鳩杖を賜うことが見え、杖頭に鳩飾りのある杖を宮中で用いることが許された。
それで九十を鳩寿と言ってはどうかという提案である。鳩には九の字を含み、算賀の名としてふさわしいと言うのである。しかも「鳩」の漢字の成り立ちは、クククと鳴くからだという。また、鳩は水を飲むときに喉元をごろごろ言わせて噎(む)せないそうで、その縁起を担いだものである。本当に鳩は水を飲むとき吸い込めるのか、噎せないのかキジバトが水を飲む姿を連写してみたが、どうも確からしい。
 バレンタインデイは、女性から愛の告白が許されるという日であるという。いつの日からか日本では、好ましいと思う男性に、女性からチョコレートを贈る日になって、今や業界でなくてはならぬ日になっているようだ。それではと、90歳に鳩の杖を贈ろうという業者のキャンペーンがホームページに載っているが、あまり普及していないようだ。ちなみに、皇室が鳩の杖を贈った先例では、90歳にこだわっていないようだ。