2020年10月号(第66巻10号)

先達者の科学の手法に学ぶ(続)

昭和大学病院 臨床病理診断科
福地 邦彦

 2003年に本欄で、「先達者の科学の手法に学ぶ」を書いた際、佐々木隆興先生による「実験の成果というものは1 年くらい寝かせて、1年たって取り出してまだ値打ちがあると判断できたらそこで初めて発表する。そのくらいでちょうどいいものなのだ。」との言葉を紹介いたしました。その後、我が国の研究環境には「競争」の場面が著しく増加してきました。
 知識欲は人間の根源的な欲求であると思います。知識そのものに価値があるのであり、何かに直ぐ応用されて役に立つか否かは必ずしも問題では無いと、多くの著名な研究者が主張しています。この欲求こそが、有史以来構築されてきた自然科学体系の上にその先を知りたいと、現在の研究者が仕事を続けている所以と思います。
 研究の方法には、大きく分けて次の2つがあります。
1. 知りたいことを目的として設定し、様々な方法で達成するものです。これには癌の原因を知るために、さまざまな因子を細胞または動物に与えてその作用を観察することがあります。まず作業仮説を立て、次にその仮説に誤りがないことを証明する方法です。2. 日常で起きている現象の中から、これまでに気が付かれなかった価値を見出し、掘り下げ科学的に記述する方法です。ペニシリンの発見がそれに該当します。
セレンディピティと呼ばれており、「価値」に気が付くための知識や経験を養っておく必要があります。
1、2 のどちらの方法においても、自然科学の実験室で起きている現象は、自然から与えられた「事実」です。論文がしばしば受動態で記述されるのはそのためかとも思います。実験で得られた予想外の結果について原因を考える際には、その時点でのそれまでの科学の常識に囚われてはならないと考えます。

信念は嘘よりも危険な真理の敵である。(ニーチェ)

 現在では研究者の評価を客観的に行うことを目的として、論文数、インパクトファクターやh-index が使われています。この数字は同一分野での研究者を比較評価する場合には適当といわれています。そのため短期的な成果が求められる任期制ではどうしても研究者に焦りが生じます。今般、理化学研究所では任期制雇用を減らすことになったそうです。
何を呑気にと言われそうですが、競争ではなく落ち着いて研究を進めたいものです。