2020年9月号(第66巻9号)

動物由来ウイルス感染症の名称を考える

東京大学名誉教授
山内 一也

 2003 年に「動物由来感染症の名称をめぐって」という随筆で、微生物の側に立てば、ヒトも動物の一種に過ぎないことを指摘した。ちょうどSARS(重症急性呼吸器症候群)ウイルスによるパンデミックが起きて、動物からのウイルス感染が注目されていた時期だった。その頃からウイルス学は革新的技術を利用して急速に進展している。ヒトゲノム計画の副産物として開発された次世代シーケンサーにより、ウイルスのゲノムは容易に解析できるようになった。一方、2017年度ノーベル化学賞を受賞したクライオ電子顕微鏡の技術により、ウイルス粒子の超微細構造が解析出来るようになった。
 その結果、ウイルスの起源について、新しい知見が蓄積してきている。それらを踏まえて、「動物由来ウイルス感染症」の名称を、あらためて考えてみたい。
 ウイルスの祖先は30億年前には、地球上に出現していたことが推測されるようになった。ヒトが感染しているウイルスでは、ヘルペスウイルスの祖先は、無脊椎動物と脊椎動物が分かれた5億年以上前のカンブリア紀にさかのぼり、B型肝炎ウイルスの祖先は恐竜が生きていた中生代後期にあたる約8000万年前と推定されている。天然痘ウイルスは、約3000年前に齧歯類から感染したと考えられ、麻疹ウイルスは約1000年前にウシの急性伝染病の牛疫ウイルスに感染して生まれたと推定されている。
 「動物由来ウイルス」に対比して用いられる「ヒトウイルス」は、動物ウイルスが地球上に最後に出現した動物であるヒトに受け継がれ、ヒトの間で進化して、ヒトを宿主として存続するようになったもので、すべて元を辿れば動物のウイルスということになる。
 「動物由来ウイルス感染症」は、人口増加、環境破壊、都市化など、人間の活動により、動物とヒトの距離が縮まった現代社会で起きている事例に限られるのである。