2020年5月号(第66巻5号)

トイレ考Ⅱ

帝京短期大学ライフケア学科 教授
松田 重三

 万里の長城を見学した帰途立ち寄ったトイレは今でも印象深く記憶に残っている。
 ドアも間仕切もない広間のような場所に、多数の金隠し便器だけが並んでいる、今では世界遺産的なあの「您好(にいはお)=こんにちはトイレ」だったのだ。排泄物がどこに行くのか気にはなったが、覗くのも恐ろしげで、トイレは我慢。尻は出さず小だけで、どうにか北京のホテルまで我慢してたどり着いた。
 北欧のホテルの前に「ホテルの前で用を足さないで」との張り紙が出て北京が憤慨したとの報道があったが、このような您好トイレに慣れ親しんだ地域の住民には、その行為は当たり前のことなのだろう。近年ではさすがに「您好トイレ」はなくなったと思いきや、何とまだ存在するらしい。
 国際的な悪評払拭の目的もあるのだろう、最近習近平国家主席が「トイレ(廁)革命」を号令したという。公衆トイレの新設や改修を進めるほか、農村部のトイレを改善することで、衛生環境向上を図っているという。
 しかし衛生環境向上は図っても、衛生観念やマナーの向上はまだまだの様子。多くは手を洗う習慣が未だなく、しかも公衆トイレのトイレットペーパがすぐなくなるらしい。家に持ち帰ってしまうからだと言う。業を煮やしてトイレの前にお得意の監視カメラを設置した。
 インドも負けずにモディ首相が「屋外排泄ゼロ」を目指し、トイレ設置計画「スワッチ・バーラト(クリーン・インディア)」プロジェクトを立ち上げた。しかし設置後もほとんど使用されず、それはカースト制度が根強いことが原因という。
 新トイレで用足し後、傍らにある手桶で排泄物を流し、バイオマストイレ・コンポストトイレ方式で便を分解する仕組みも取り入れてはいるが、多くは「汲み取り」式。この不浄な排泄物処理は下位カーストの仕事だ。身分が分かってしまう仕事はしたくないので、排泄物を溜めないようにトイレを使用せず、今まで通り屋外排泄をすれば良いというわけ。
 しかしこのままでは大きな社会問題にもなっている、夜間に屋外排泄のため暗がりを探して用を足す女性へのレイプ多発を減らすことは困難だ。
 日本は温水暖房洗浄便座の時代に入り、一度これを使用したら昔の便器は使えない。あの堀江貴文氏が「刑務所に入っていて一番辛かったのは、洗浄便座ではないので痔が悪化したこと」といみじくも対談で語ったことからもわかる。
 しかし日本では普及していても、先進国を含め設置率はほぼゼロである。一番困るのは海外旅行の際だ。ホテルに洗浄便座を備えているのは、サイトで検索しても欧米では見当たらず、ヒットするのは台湾のみ。
 こういう状況なので最近の海外旅行は快適な洗浄便座がある台湾だけになってしまった。というのは言い訳で、私には長旅はもう無理。台湾あたりが最も体力と経済力に合っているから、というのが正直なところだ。