2020年3月号(第66巻3号)

思い上がり

医療法人仁保病院
上田 尚紀

 臨床検査を専門として30 年勤務していた公立病院を定年退職し、現在の認知症専門病院に再就職して早12年が過ぎました。しかし認知症については全くの素人で、少々気合いを入れて書物を読んでも、講演を拝聴しても中々身に付きません。私自身が認知症の発症年齢に近いこともあり、知人の顔は思い出せるが名前がなかなか出てこない、道具を取りに行き、何を探していたか元の場所まで戻らないと思い出せない,など恐ろしい現実も発生しています。そうは言っても、病院の職員で医師であるからそれなりの職責を果たさなければなりません。田舎暮らしをしつつ毎日往復100 キロの通勤が出来ている内は大丈夫だろうと自己に甘い判断をしています。自宅から国道までの1キロは田舎道です。田舎では体力の衰えた方、耳の遠い方、足元の不安定な方々に注意してゆっくり運転しなければなりません。国道近くに軽い認知症のあるお婆さんが住んで居られ,いつもこの田舎道を夕方散歩されていました。病院からの帰途に出会うと、すこしでも脳の活性化や記憶再現のお役にたてればとの思いから車を止めて挨拶をして天候・時候や農作物の話などの立ち話をしていました。そのことを家内に話し、些細なことだが認知症の進行防止に貢献しているよと、得意げに話しました。数ヶ月後、お婆さんは自宅で「あの先生は寂しいみたい、いつも私に声をかけてくる」と娘さんに話していることを耳にした家内が曰く「あんたが見守られていたのだね」。これには唖然。