2015年6月号(第61巻6号)

肺炎原因菌シリーズ 6月号

写真提供 : 株式会社アイカム

インフルエンザ菌 Haemophilus influenzae II

「培養した単層上皮細胞に感染させたインフルエンザ菌の付着・侵入像」

前号でも触れた型別不能インフルエンザ菌(nontypable H.influenzae;NTHi)は、上気道とくに鼻咽頭に常在し、小児の中耳炎、結膜炎、副鼻腔炎などの原因菌として古くから知られてきたが、近年、次の点で新たな注目を浴びている。(i)成人の慢性閉塞性肺疾患(COPD)の化膿性増悪の引き金になる最多病原菌である、(ii)COPD、気管支拡張症、びまん性細気管支炎、嚢胞性線維症などの慢性呼吸器疾患をもつ患者やAIDS発症者に肺炎をひき起こす、(iii)気道における本菌の主たる標的組織は気管支上皮であり、TNF-αなどの炎症性サイトカインによって誘導された炎症性の組織構造変化を本菌はさらに増幅させる、(iv)近年抗生物質耐性菌の出現・増加が日本を含めて世界的に問題となっている。とくにわが国で増加傾向が著しいのは新型耐性菌とよばれるβ-ラクタマーゼ非産生アムピシリン耐性(β-lactamase-negative ampicillin-resistant;BLNAR)株であり、全耐性株の40%以上を占めるという。
本号に示す組み写真は、NTHiと気道上皮細胞との相互作用を細胞レベルで解析するためにHEP-2細胞の単層培養にBLNAR株を感染させたin vitro モデル実験系において得られた走査型電子顕微鏡(SEM)写真の右下の隅に共焦点レーザー顕微鏡(CFLM)写真を挿入して作成したものである。いずれもNTHi感染2時間後に撮影した写真であり、感染の初期段階を示している。
SEM像からは、インフルエンザ菌(紫色に着色)が上皮細胞から伸びてきた微絨毛(microvilli)に絡まれるようにして細胞に付着する様子が観察される。この像から、菌と上皮細胞表面との最初の接触が微絨毛への付着を介して起こることが分かる。次いで菌は細胞内部に向かって移動して細胞膜と直接接触し、貫通する(写真左上の円で囲った部分)。感染させたインフルエンザ菌が上皮細胞の表面のみならず細胞内にも存在していることは、アクリジンオレンジ染色を施した標本のCFLM像(菌は濃赤色~淡赤色に、上皮細胞の核は緑色に、各々発色)からも明らかである。この標本をスキャニングした結果、濃く発色した菌は細胞表面または細胞外に、一方、淡い発色を呈する菌は細胞内に、各々存在していることが確認された。
インフルエンザ菌にとって気道上皮細胞への付着は病原性の発揮に不可欠であるが、付着した菌がさらに強い病原性を発揮するため、および(または)宿主の防御免疫機構を回避するためには、細胞内への侵入はきわめて重要な手段と考えられる。この侵入は、サイトカラシンDによって阻害されることから、アクチンの重合がそれに関与し、おそらくmacropinocytosisを介して起こると推定される。インフルエンザ菌は、Shigella spp.,Listeriamonocytogenes,Legionella pneumophilaといった典型的な細胞内寄生菌とはことなり、一般には細胞内寄生菌とはみなされていないが、実はそうではないことが分かった点も興味深い。

写真と解説  山口 英世

1934年3月3日生れ

<所属>
帝京大学名誉教授
帝京大学医真菌研究センター客員教授

<専門>
医真菌学全般とくに新しい抗真菌薬および真菌症診断法の研究・開発

<経歴>
1958年 東京大学医学部医学科卒業
1966年 東京大学医学部講師(細菌学教室)
1966年~68年 米国ペンシルベニア大学医学部生化学教室へ出張
1967年 東京大学医学部助教授(細菌学教室)
1982年 帝京大学医学部教授(植物学微生物学教室)/医真菌研究センター長
1987年 東京大学教授(応用微生物研究所生物活性研究部)
1989年 帝京大学医学部教授(細菌学講座)/医真菌研究センター長
1997年 帝京大学医真菌研究センター専任教授・所長
2004年 現職

<栄研化学からの刊行書>
・猪狩 淳、浦野 隆、山口英世編「栄研学術叢書第14集感染症診断のための臨床検査ガイドブック](1992年)
・山口英世、内田勝久著「栄研学術叢書第15集真菌症診断のための検査ガイド」(1994年)
・ダビース H.ラローン著、山口英世日本語版監修「原書第5版 医真菌-同定の手引き-」(2013年)