2015年5月号(第61巻5号)

肺炎原因菌シリーズ 5月号

写真提供 : 株式会社アイカム

インフルエンザ菌 Haemophilus influenzae I

「インフルエンザウイルス感染フェレットに二次感染させたインフルエンザ菌の下気道粘膜上皮細胞への付着像」

インフルエンザ菌は、1889年から翌年にかけてのインフルエンザの世界的大流行に際してPfeifferによって患者の咽頭から初めて分離され、1892年に記載された病原細菌であり、当初はインフルエンザの原因菌と考えられた。ところが約40年経った1933年、Smith, AndrewsおよびLaidlawはインフルエンザ患者の濾過した(細菌を除いた)鼻腔洗浄液をフェレットに経鼻接種すると特徴的な発熱性の病気が起こることを見出し、インフルエンザがウイルス性疾患であることが判明した。
かくしてインフルエンザ菌とインフルエンザとの直接的な因果関係は否定されたものの、両者が密接に関係していることは事実である。その後の研究から、インフルエンザウイルスの感染のみで死亡する人は少なく、とくに幼児や高齢者さらには慢性肺疾患や消耗性疾患の患者、免疫不全患者などに多くみられる死亡例の大半は二次感染として起こる細菌性肺炎の結果と考えられている。そうした二次感染の主な原因菌として肺炎球菌や黄色ブドウ球菌と並んであげられるのがインフルエンザ菌にほかならない。
インフルエンザ菌は、球桿菌(coccobacillus)ともよばれる短いものから長い桿菌状のものまで様々な形態を呈する多形性のグラム陰性桿菌であり、全ゲノム塩基配列が最初に(1995年)決定された病原細菌としても有名である。本菌は発育にX因子(ヘミン)とV因子(ニコチンアミドジヌクレオチド)を必要とするという特徴的な栄養要求性をもつ。そのために血液寒天培地などには発育せず、培養にはチョコレート寒天培地を使用しなければならない。
インフルエンザ菌は多糖体からなる莢膜の血清型に基づいてa型からf型まで6タイプに分けられる。そのなかではb型インフルエンザ菌(H.influenzae type b ; Hib)がとくに強い病原性を示し、幼児や小児の化膿性髄膜炎の原因菌になるほか、時には成人も含めて肺炎、急性喉頭蓋炎(閉塞性喉頭炎)、蜂巣炎、敗血症などの重篤な感染症をひき起こし、侵襲型インフルエンザ菌ともよばれる。血液や髄液からの最多分離株はいうまでもなくこのHibである。これに対して、インフルエンザ菌には莢膜をもたない株も存在し、型別不能インフルエンザ菌(nontypable H.influenzae; NTHi)とよばれる。血液・髄液以外の検体とくに喀痰から検出されるインフルエンザ菌のほとんどすべてはNTHi株であり、鼻咽頭など上気道に常在し、急性中耳炎、鼻副鼻腔炎、さらには肺炎をひき起こす。
ここに示す走査型電子顕微鏡写真は、かってSmithらがインフルエンザのウイルス病原体説を証明した時と同様にフェレットを用い、まず気管を切開してそこからインフルエンザウイルスを接種しておき、その24時間後にインフルエンザ菌(NTHi株)を同じく経気道的接種し、さらに24時間経った後に撮影した下気道内腔像である。内腔表面を覆う線毛上皮細胞の処々にインフルエンザ菌(淡紅色に着色)が単一個体かまたは様々な大きさの集簇をつくって付着している。上皮細胞表面は、通常、粘液層で覆われており、この粘液中に含まれるムチンにも本菌は付着する。本菌の付着に関してぜひ指摘しておきたい重要な点は、上皮細胞がウイルスなどによって傷害された場合に付着菌数が増加する(したがって二次感染が起こりやすい)ことである。これは、インフルエンザウイルスを予め感染させておかなかったフェレットでは本菌の付着がみられなかったことからも明らかである。

写真と解説  山口 英世

1934年3月3日生れ

<所属>
帝京大学名誉教授
帝京大学医真菌研究センター客員教授

<専門>
医真菌学全般とくに新しい抗真菌薬および真菌症診断法の研究・開発

<経歴>
1958年 東京大学医学部医学科卒業
1966年 東京大学医学部講師(細菌学教室)
1966年~68年 米国ペンシルベニア大学医学部生化学教室へ出張
1967年 東京大学医学部助教授(細菌学教室)
1982年 帝京大学医学部教授(植物学微生物学教室)/医真菌研究センター長
1987年 東京大学教授(応用微生物研究所生物活性研究部)
1989年 帝京大学医学部教授(細菌学講座)/医真菌研究センター長
1997年 帝京大学医真菌研究センター専任教授・所長
2004年 現職

<栄研化学からの刊行書>
・猪狩 淳、浦野 隆、山口英世編「栄研学術叢書第14集感染症診断のための臨床検査ガイドブック](1992年)
・山口英世、内田勝久著「栄研学術叢書第15集真菌症診断のための検査ガイド」(1994年)
・ダビース H.ラローン著、山口英世日本語版監修「原書第5版 医真菌-同定の手引き-」(2013年)