2015年3月号(第61巻3号)

肺炎原因菌シリーズ 3月号

写真提供 : 株式会社アイカム

肺炎球菌 Streptococcus pneumoniae III

「経気道感染マウスの気管支粘膜上に観察される菌体の走査型電子顕微鏡写真」

肺炎球菌肺炎の発症機序の解明には本症の優れた動物モデルでの組織病理学的解析が欠かせない。そのためにこれまで数多くのタイプの動物モデルが開発されてきた。ヒトの肺炎に似た病像を呈する良好な動物モデルの作成にあたってとくに考慮しなければならないのは、次の3つの要因である。(ⅰ)感染させる動物の種類、(ⅱ)感染に用いる肺炎球菌の菌株、(ⅲ)感染(菌接種)の経路。
これまでマウス、ラット、ウサギなどの動物を用いて肺炎球菌肺炎の動物モデルの作成が試みられてきたが、現在最も多く使用されている実験動物は近交系マウス(BALB/C、C57BL/6、DBAなど)である。その理由は、免疫系が厳密にコントロールされているために様々な実験的処置に対して均一に応答することにある。同じ動物を使って実験的感染モデルをつくった場合であっても、感染の結果つまり生じる病態は、感染菌として用いた肺炎球菌の菌株によって大きく異なってくる。本菌菌株の毒力がヒトのみならずマウスなどの動物においても莢膜の血清型に強く影響されることはよく知られている。しかし幾つものヒト分離株について検討された結果では、ヒトと動物に対する毒力は必ずしも一致しない。マウスに関していえば、2、3、4、5 および6 型菌はいずれも毒力株であるが、14、19および23型菌の毒力は弱い。こうした多様な毒力をもつ菌株のなかから目的に応じて至適な毒力をもつ菌株を選んで動物モデルをつくることになる。最後に問題となるのは、どの経路から感染させるかである。これまで、経鼻、経気管、または経気管支といった様々な感染経路が用いられてきたが、接種菌液を効率よく確実に肺に送り込むという観点から、現在では後2 者の経路が選ばれることが多い。
本号で提示するのは、肺炎患者由来の肺炎球菌6 型分離株の菌液を健常(免疫正常)な近交系マウスの片肺の気管支内に注入するという方法で作成した肺炎マウスモデルを用いたin vivo実験の結果の一部である。この表紙写真は、感染から間もない時点での気管支内腔の走査電子顕微鏡像を示す(分かりやすくするために、肺炎球菌は緑色、粘液球は淡褐色、気管支粘膜表面の構造物は淡紫色、に各々着色してある)。写真から明らかなように、線毛上皮細胞とそこからイソギンチャクのように長く伸びた束状の線毛、上皮細胞間に局在する杯細胞と分泌された様々な大きさの粘液球などが気管支内腔の表面を覆っている。肺炎球菌はこれらの構造物に接して散在しているのが観察される。

写真と解説  山口 英世

1934年3月3日生れ

<所属>
帝京大学名誉教授
帝京大学医真菌研究センター客員教授

<専門>
医真菌学全般とくに新しい抗真菌薬および真菌症診断法の研究・開発

<経歴>
1958年 東京大学医学部医学科卒業
1966年 東京大学医学部講師(細菌学教室)
1966年~68年 米国ペンシルベニア大学医学部生化学教室へ出張
1967年 東京大学医学部助教授(細菌学教室)
1982年 帝京大学医学部教授(植物学微生物学教室)/医真菌研究センター長
1987年 東京大学教授(応用微生物研究所生物活性研究部)
1989年 帝京大学医学部教授(細菌学講座)/医真菌研究センター長
1997年 帝京大学医真菌研究センター専任教授・所長
2004年 現職

<栄研化学からの刊行書>
・猪狩 淳、浦野 隆、山口英世編「栄研学術叢書第14集感染症診断のための臨床検査ガイドブック](1992年)
・山口英世、内田勝久著「栄研学術叢書第15集真菌症診断のための検査ガイド」(1994年)
・ダビース H.ラローン著、山口英世日本語版監修「原書第5版 医真菌-同定の手引き-」(2013年)