2014年12月号(第60巻12号)

新・真菌シリーズ 12月号

写真提供 : 株式会社アイカム

アスペルギルス・テレウス Aspergillus terreus

A.terreusは、砂漠の土、草地、堆肥などから、また貯蔵中の穀類、ピーナッツなどの汚染菌としても分離されるごくありふれた腐生性の土壌真菌の一員である。本菌は様々な二次代謝産物をつくり、そのなかには代表的な抗コレステロール薬として脂質異常症の治療に広く使われているスタチン系化合物が含まれることから医薬品製造の領域ではとりわけ重要な真菌に数えられている。
一方、医真菌学の領域では、A.terreusが爪真菌症や耳真菌症をひき起こした例は以前から報告されていたものの、深在性真菌症の原因菌になることは知られていなかった。ところが今世紀に入って造血幹細胞移植などによって極度の免疫不全に陥る患者の増加とともに、本菌に起因する侵襲性アスペルギルス症の発症例がしばしばみられるようになった。しかもその予後は他のAspergillus spp.の感染の場合よりも不良であり、死亡率も高いとして大きな臨床的注目を浴びるに至ったのである。A.terreus感染がなぜ重篤化するか、その真の理由は未だ不明である。しかし少なくともその一因は、侵襲性アスペルギルス症治療の第一選択薬として使用されてきたアムホテリシンB(AMPH)に対する本菌の感受性がA.fumigatusその他の病原性Aspergillus spp.よりも明らかに低いことにあると考えられている。
A.terreus は、アゾール系薬に対する感受性も低下しているものの、AMPHほどではないことから、本菌感染の治療に際してはボリコナゾールを優先して使う必要がある。これは原因菌としての本菌と他のAspergillus spp.との鑑別・同定がきわめて重要であることを物語っている。しかしA.terreusは、emerging fungal pathogenに数えられるだけあって、その疫学、AMPH耐性メカニズム、病原性、分類学などについてはまだまだ不明な点が多い。今後最も目が離せない真菌として研究がさらに進展することを期待したい。
A.terreusの顕微鏡形態は、色調こそ異なるものの、一見A.fumigatusに似た外形をもつ。分生子柄が比較的短く(<300 µm)、頂嚢が小さい(直径、10~20 µm)などの点である。黄褐色ないしシナモン褐色のフィアライドはその先に生じる同じ色の分生子とともに頂嚢の上半分にのみ形成され、それらの構造物が円柱状にぎっしりとまとまって見える。

追記:9月号以降Aspergillus属の4種の主要病原菌種を順次紹介してきた。いずれの菌種についてもゲノム解析が完了したかまたは進行中であり、得られた分子生物学的データから各々形態学的特徴がどこまで説明されるようになるか、これからが楽しみである。

写真と解説  山口 英世

1934年3月3日生れ

<所属>
帝京大学名誉教授
帝京大学医真菌研究センター客員教授

<専門>
医真菌学全般とくに新しい抗真菌薬および真菌症診断法の研究・開発

<経歴>
1958年 東京大学医学部医学科卒業
1966年 東京大学医学部講師(細菌学教室)
1966年~68年 米国ペンシルベニア大学医学部生化学教室へ出張
1967年 東京大学医学部助教授(細菌学教室)
1982年 帝京大学医学部教授(植物学微生物学教室)/医真菌研究センター長
1987年 東京大学教授(応用微生物研究所生物活性研究部)
1989年 帝京大学医学部教授(細菌学講座)/医真菌研究センター長
1997年 帝京大学医真菌研究センター専任教授・所長
2004年 現職

<栄研化学からの刊行書>
・猪狩 淳、浦野 隆、山口英世編「栄研学術叢書第14集感染症診断のための臨床検査ガイドブック](1992年)
・山口英世、内田勝久著「栄研学術叢書第15集真菌症診断のための検査ガイド」(1994年)
・ダビース H.ラローン著、山口英世日本語版監修「原書第5版 医真菌-同定の手引き-」(2013年)