2014年6月号(第60巻6号)

新・真菌シリーズ 6月号

写真提供 : 株式会社アイカム

アルテルナリア・アルテルナータ Alternaria alternata

Alternaria(アルテルナリア)は、黒色真菌の主要な属の1つであり、ススカビ属ともよばれる。代表的な土壌菌そして植物病原菌といわれるだけあって、その生息域は予想以上に広く、果実、穀類、枯葉・枯草、乾し草などの自然環境中は無論のこと、家屋の壁、古本・古紙、餅といった屋内の器物・食品からもごく普通に見出される。加えて、アルテルナリアは、同じく黒色真菌のCladosporium(クラドスポリウム)と並ぶ主な空中浮遊真菌でもある。そのためか最もアレルゲンになりやすい真菌としても知られ、花粉などと同様にしばしば気管支喘息やアレルギー性鼻炎の原因になる。今から40年ほど前、小学生だった私の娘が小児喘息に罹り、専門病院で検査を受けた結果、何と原因抗原はアルテルナリアと判明した。妻からは、私がこの菌を研究室から家に持ち込んだのではと疑われ、大いに閉口した。言い訳がましいが、当時アルテルナリアによる喘息は決して珍しくなかったのである。それでも気になって調べたところ、戦後間もなく横浜近辺に進駐した米軍兵士の間で流行した「横浜喘息」とよばれる呼吸器病の原因がアルテルナリアの胞子だったという記録を見つけた。しかし、この真菌は日本中どこにでも生息しているし、曝露されたのは日本人の住民も同様だったはずなので、にわかには信じ難い話である。
アルテルナリアがひき起こす病気はアレルギー病だけではない。発生頻度はそれほど高くないが、この菌による深部皮膚真菌症(とくに顔面に多い)のほか、角膜炎、副鼻腔炎、骨髄炎などの症例が報告されている。最多原因菌種は、環境から最も高頻度に分離される菌種として知られるAlternaria alternataである。
A. alternataを通常の寒天培地で培養すると、初め白色~灰白色で、やがて緑がかった黒色~褐色になるふかふかした羊毛状のコロニーをつくってくる。この写真は、比較的若い発育時期を狙って撮影したものである(発育がさらに進むとコロニーの色が濃く黒ずんできて、撮影に必要な透過光が不足するため)。本菌の特徴とされる倒棍棒形(遠端はくちばし状に先細りし、近端は円味を帯びている)の分生子の連鎖はすでに作られているものの、教科書にあるような大きく膨らんだ暗褐色の石垣状に見える成熟した分生子の典型的な像を呈するまでには至っていない。この写真の倍率では無理だが、もっと高い倍率で鏡検すると、分生子の表面に針のような棘が無数に生えているのが観察される(同じ大きさの分生子でもアスペルギルスやペニシリウムの分生子にはそれがない)。この棘によっておそらくアルテルナリアの胞子は下気道から排除されずにそこに長く留まることができるために、アレルゲンとして働きやすくなるのかもしれない。
Alternariaalternataも同様)の菌名は、ギリシャ語のダンベル(亜鈴)を意味するaltersに由来する。本菌の分生子の形が亜鈴を連想させたのだろう。

写真と解説  山口 英世

1934年3月3日生れ

<所属>
帝京大学名誉教授
帝京大学医真菌研究センター客員教授

<専門>
医真菌学全般とくに新しい抗真菌薬および真菌症診断法の研究・開発

<経歴>
1958年 東京大学医学部医学科卒業
1966年 東京大学医学部講師(細菌学教室)
1966年~68年 米国ペンシルベニア大学医学部生化学教室へ出張
1967年 東京大学医学部助教授(細菌学教室)
1982年 帝京大学医学部教授(植物学微生物学教室)/医真菌研究センター長
1987年 東京大学教授(応用微生物研究所生物活性研究部)
1989年 帝京大学医学部教授(細菌学講座)/医真菌研究センター長
1997年 帝京大学医真菌研究センター専任教授・所長
2004年 現職

<栄研化学からの刊行書>
・猪狩 淳、浦野 隆、山口英世編「栄研学術叢書第14集感染症診断のための臨床検査ガイドブック](1992年)
・山口英世、内田勝久著「栄研学術叢書第15集真菌症診断のための検査ガイド」(1994年)
・ダビース H.ラローン著、山口英世日本語版監修「原書第5版 医真菌-同定の手引き-」(2013年)