2014年3月号(第60巻3号)

新・真菌シリーズ 3月号

写真提供 : 株式会社アイカム

ミクロスポルム・カニス(イヌ小胞子菌) Microsporum canis

本菌は、先月号に登場した鉄錆色小胞子菌Microsporumferrugineum と同じくMicosporum属の菌種であり、系統発生学的にも両菌はかなり近い関係にある。しかし表現型とくに発育形態のうえでは大きくことなり、M. ferrugineumではまれにしかみられなかった大分生子がM. canisでは豊富につくられる。
両菌は生態や疫学の面でも対照的である。M. ferrugineumが古くからわが国に土着していたと考えられるのに対して、M. canisは第二次大戦後に海外から国内へもち込まれた外来種なのである。感染源となったのは高級ペットとして輸入された外国産のイヌやネコであり(本菌の菌名もそれに由来する)、1960年代後半、激減したM. ferrugineumと入れかわるようにして出現した。当初は頭部白癬の原因菌として北海道でのみ流行がみられたが(そのためMicrosporum sapporoenseの異名を持つ)、1970年代後半からは大都市を中心に全国的に蔓延するようになった。それに伴って白癬原因菌種としての出現頻度も上昇し、Trichophyton rubrumおよびTrichophyton mentagrophytesという2大原因菌に続いて第3位を占めるに至った。しかしそれも2000年代後半からはTrichophyton tonsuransにとって代わられた。栄枯盛衰の習いは真菌の世界にもあるらしい。
M. canisに関して忘れてはならないのは、本菌の有性世代がわが国を代表する医真菌学者の1人長谷川篤彦博士(東京大学名誉教授)らによって発見され、1975年に世界で初めて報告されたことである。長谷川博士によれば、その菌名であるNannizzia otaeは、太田正雄博士(前号参照)に敬意を表して名付けたものだという。N. otaeは、その後Nannizzia 属がArthroderma 属に統一されたことからArthroderma otaeと変更された。またその無性世代に関しては、近年、Microsporum distortumM. canisの変種(M. canis var. distortum)として扱われるようになったため、従来のM. canisの正式菌名はM.canis var. canisに変更されている。
この写真にみられるように、本菌の大分子は形態のうえでも特徴的である。菌糸から突出した大分生子は長く(10-25x10-25x35-110 µm)、紡錘形で、表面に粒々が付着して粗くみえる。また内部が6個以上の区画(小室)に仕切られているのが表面の構造からも分かる。

写真と解説  山口 英世

1934年3月3日生れ

<所属>
帝京大学名誉教授
帝京大学医真菌研究センター客員教授

<専門>
医真菌学全般とくに新しい抗真菌薬および真菌症診断法の研究・開発

<経歴>
1958年 東京大学医学部医学科卒業
1966年 東京大学医学部講師(細菌学教室)
1966年~68年 米国ペンシルベニア大学医学部生化学教室へ出張
1967年 東京大学医学部助教授(細菌学教室)
1982年 帝京大学医学部教授(植物学微生物学教室)/医真菌研究センター長
1987年 東京大学教授(応用微生物研究所生物活性研究部)
1989年 帝京大学医学部教授(細菌学講座)/医真菌研究センター長
1997年 帝京大学医真菌研究センター専任教授・所長
2004年 現職

<栄研化学からの刊行書>
・猪狩 淳、浦野 隆、山口英世編「栄研学術叢書第14集感染症診断のための臨床検査ガイドブック](1992年)
・山口英世、内田勝久著「栄研学術叢書第15集真菌症診断のための検査ガイド」(1994年)
・ダビース H.ラローン著、山口英世日本語版監修「原書第5版 医真菌-同定の手引き-」(2013年)