2011年12月号(第57巻12号)

虫林花山の蝶たち(24):

秋色のツマグロキチョウ The Angulated Grass Yellow

連載のトリを飾るのはツマグロキチョウです。今回の表紙に掲載した秋型のツマグロキチョウは夏型に比べると翅の先が帽子のように尖っていてとてもユニークな形です。この写真を撮影したのは数年前の10月で、ちょうど紅葉した葉がバックに入ってとても綺麗でした。ツマグロキチョウの秋型はこのまま冬を越えて春に再び出現しますが、厳しい冬の間にその多くが死滅していくことでしょう。自然とは厳しいものです。
このツマグロキチョウは子供の頃にはよく庭先で普通に見かけましたが、近年では個体数が激減して、関東地方や中部地方では稀な蝶になってしまいました。実際、環境省が2008年に発行したレッドデータブックをみると、このツマグロキチョウは絶滅危惧II類の中にその名前を見ることができます。つまり、絶滅の危険が増大している蝶のひとつにあげられているのです。ちなみに、最も絶滅が危惧される絶滅危惧I類には、オオウラギンヒョウモン、オガサワラシジミ、チャマダラセセリなど18種類の蝶たちがさらにリストアップされています。これらの蝶たちが絶滅を危惧されるまで減少した原因は、自然環境の破壊あるいは採集者による乱獲によると一般的には信じられているようです。しかし、多くの種における個体数減少の理由はそれほど単純なものではなく、本当のところはよくわかっていないというのが実情でしょう。とにかく、人の暮らしは時代と共に変遷し、それとともにチョウたちをとりまく環境も変わっていくのです。その向かう先は何なのかを考えると不安でなりませんね。
今回が最後ですので、少しだけ僕の写真感など述べてみます。僕は山に登ること山を歩くことが好きで、現在勤める大学では山岳部の顧問までしています。そこで思うことは、ただ山に登るのだけが目的ならば、目の前の道は、通り過ぎる道でしかありません。そして、山(頂上)に登らないと決めた途端、空、雲、路傍の花、昆虫たちなど目に映る一つ一つがとても魅力的に見えてくるのです。頂上に立たなければ見えない景色は確実にあるけれど、道の途中でしかないひそやかな景色もあるのです。そして、そんな景色をたくさん見つけてこられたのは、そこにカメラがあったからだと思います。撮りたいものは目の前の世界、そこに目を留め、今を軸として薄れている記憶または静止した時間を撮る。つまり、カメラとは「記憶を記録に変える道具」なのだと思います。また、撮影した写真には、まぎれもなくその時の自分がそこにあります。つまるところ、写真撮影とは自分をみつめる作業にすぎないのだとつくづく思えるようになりました。自分が若い時にはそんな気持ちにはならなかったし、そんなことを振り返ろうともしませんでした。そう思うと、写真を楽しむ理由が増えたようで、年を重ねるのも悪くないかなと近頃思えるようになりました。
2年間(24回)もの長い間、僕の拙写真と駄文にお付き合いいただき心から感謝します。人生には夢中になって過ごせる時間はそれほど多くありません。これからも「虫を楽しみ、花を楽しみ、自然を楽しみ、そして人生を楽しむ」をモットーにして、「虫林花山の蝶たち」を撮影し続けていきたいと思います。
虫林花山の散歩道:http://homepage2.nifty.com/tyu-rinkazan/
Nature Diary:http://tyurin.exblog.jp/

写真とエッセイ 加藤 良平

昭和27年9月25日生まれ

<所属>
山梨大学大学院医学工学総合研究部
山梨大学医学部人体病理学講座・教授

<専門>
内分泌疾患とくに甲状腺疾患の病理、病理診断学、分子病理学

<職歴>
昭和53年…岩手医科大学医学部卒業
昭和63-64年…英国ウェールズ大学病理学教室に留学
平成2年… 山梨医科大学助教授(病理学講座第2教室)
平成8年… 英国ケンブリッジ大学病理学教室に留学
平成12年…山梨医科大学医学部教授(病理学講座第2教室)
平成15年…山梨大学大学院医学工学総合研究部教授

<昆虫写真>
幼い頃から昆虫採集に熱を上げていた。中学から大学まではとくにカミキリムシに興味を持ち、その形態の多様性と美しい色彩に魅せられていた。その後、デジタルカメラの普及とともに、昆虫写真に傾倒し現在に至っている。撮影対象はチョウを中心に昆虫全般にわたり、地元のみならず、学会で訪れる国内、国外の土地々々で撮影を楽しんでいる。