2011年11月号(第57巻11号)

虫林花山の蝶たち(23):

飛翔するリュウキュウムラサキ The Great Eggfly

我々が蝶に抱くイメージは、葉の上にじっと静止する姿ではなく、ヒラヒラと飛んでいる姿です。古来より多くの絵画に描かれてきた蝶は、紛れもなく飛んでいる姿であることからもわかります。でも、自然界で蝶の飛ぶ姿は種類によって様々といえます。例えば、アサギマダラという蝶はふわふわとのんびりと飛び、反対にアオバセセリはまるで弾丸のように目にも止まらぬ速さで飛翔します。また、この連載でも以前に登場したマレーシアのキシタアゲハなどはまるでジェット機のようにジャングルの樹上を滑空します。
そんな蝶たちの飛ぶ姿をカメラで撮影するのが飛翔写真です。蝶たちの飛ぶ姿をカメラで撮すことは決して容易ではありません。まず、高速で羽ばたきながら飛ぶ蝶の翅を止めるためには、1000~2000分1以上のシャッター速度が必要になります。しかし、そのようなシャッター速度を用いると、絞り値(F値)が小さくなり、結果的に焦点が合う幅(被写界深度)がとても狭くなってしまい、蝶にフォーカスを合わせるのが難しくなってしまいます。また、やってみるとわかりますが、ファインダーを覗きながら不規則に飛ぶ蝶を撮影すること自体が容易ではないでしょう。
そこで、蝶の飛翔を楽に撮影する工夫が必要となります。まず、使用するレンズは焦点距離が10mmから20mm程度の広角レンズが良いでしょう。このような広角レンズを使用すれば、同じ絞り値でも、被写界深度が格段に深くなるからです。この場合、マニュアルフォーカスにして、被写体(蝶)との距離を予め決めておき、ファインダーは見ずに目測で、ひたすらシャッターを切りまくるのです。当たるも八卦当たらぬも八卦といえる撮影法ですが、それはそれなりにコツもありトレーニングすればうまくいく確率もあがります。
今回、掲載したリュウキュウムラサキの飛翔写真は、数年前にある研究会に招待されて訪れた長崎県で撮影したものです。そもそもこのリュウキュウムラサキという蝶は、九州では土着しておらず、台風などで運ばれた個体が毎年少数観察されるにすぎません。研究会が終了した翌日に、レンタカーでたまたま立ち寄った島原半島の小さな公園の広場で、何とこの南国からの訪問者(迷蝶)をみることができました。しばらく観察していると、見晴らしが良い枝先に翅を開いて陣取り、邪魔者がくるとスクランブル発進よろしく、突然飛び出してはその闖入者を追い出し、また元の枝先に戻ってくるという行動を繰り返していました(占有行動)。すなわち、一定の飛翔ルートがわかったので、この蝶が飛ぶ軌道上で待ち受け、飛翔写真を撮影することにしました。しばらく撮影した後、カメラのモニターで撮影した画像を確認してみると、思わず息を飲みました。というのも、そこには背景が線状に流れたリュウキュウムラサキの「流し撮り飛翔写真」があったからです。
「流し撮り」という撮影技法は、動く被写体に合わせてカメラを動かし、背景だけを流して被写体を写し止めるというハイテクニックです。上手く撮影できれば、動く被写体の躍動感や迫力が表現出来るので、オートバイや車のレースなどの撮影にはしばしば使用されています。ただ、流し撮りを行う場合は、シャッター速度は遅く設定しなければならないので、蝶のように小さな被写体を撮影することは難しくて、僕自身もこれまでほとんど見たことがありません。ちなみに、これ以降何度も蝶の流し撮り飛翔写真にトライしてきましたが、残念ながらこの時の写真を超えるものはまだ撮影できていません。
蝶写真の楽しみは、彼らの生活や形態を正確に記録する以外に、写真撮影そのものの技術や表現力、芸術的なセンスという要素も多分に含んでいます。ですから興味が尽きないわけですが、とりわけこの流し撮りによる飛翔写真は、これからも「永遠のテーマ」となるでしょう。
虫林花山の散歩道:http://homepage2.nifty.com/tyu-rinkazan/
Nature Diary:http://tyurin.exblog.jp/

写真とエッセイ 加藤 良平

昭和27年9月25日生まれ

<所属>
山梨大学大学院医学工学総合研究部
山梨大学医学部人体病理学講座・教授

<専門>
内分泌疾患とくに甲状腺疾患の病理、病理診断学、J106分子病理学

<職歴>
昭和53年…岩手医科大学医学部卒業
昭和63-64年…英国ウェールズ大学病理学教室に留学
平成2年… 山梨医科大学助教授(病理学講座第2教室)
平成8年… 英国ケンブリッジ大学病理学教室に留学
平成12年…山梨医科大学医学部教授(病理学講座第2教室)
平成15年…山梨大学大学院医学工学総合研究部教授

<昆虫写真>
幼い頃から昆虫採集に熱を上げていた。中学から大学まではとくにカミキリムシに興味を持ち、その形態の多様性と美しい色彩に魅せられていた。その後、デジタルカメラの普及とともに、昆虫写真に傾倒し現在に至っている。撮影対象はチョウを中心に昆虫全般にわたり、地元のみならず、学会で訪れる国内、国外の土地々々で撮影を楽しんでいる。