2011年9月号(第57巻9号)

虫林花山の蝶たち

旅するチョウ:アサギマダラ Chestnut Tiger

マダラチョウ科のチョウたちの多くは亜熱帯から熱帯に分布し、派手なオレンジ色や魅力的な紫色を身にまとっています。日本に分布するマダラチョウの仲間のアサギマダラというチョウは(中国、朝鮮半島、台湾などにも分布)、その名前のごとく爽やかな浅葱(あさぎ)色でとても日本的で優雅に見えます。
マダラチョウ科のチョウの中にはまるで渡り鳥のように「渡り」をする習性が知られています。渡り(migration)というのは生物が規則的に生息地を移動することで、その移動が規則正しく、主に季節的で、陸上あるいは空中を移動する現象をいいます。鳥に比較して視力などの感覚器能力が著しく劣ると思われるチョウたちが、渡る進路をどのように認識出来るのかなどについては、十分に解明されているとはいえません。
日本のアサギマダラも秋になると日本列島の北から南に渡ることがマーキング調査(翅に印を付ける調査)によってわかってきました。今回の表紙写真は、ある年の9月に長野県の白馬村で撮影したものです。そこには、アサギマダラが好むフジバカマという花が群生し、日が高くなって、気温が上昇してくると多数のチョウたちがフジバカマの花に集まって吸蜜していました。一見、ひ弱にみえる彼らがこれから紀伊半島、四国を経由して、九州、沖縄まで渡って行くということがにわかには信じ難い気がします。でも、実際、白馬村で翅にマークをつけられたチョウが沖縄で見つかっているのですから事実なのです。つまり、アサギマダラが長距離ドライブの運転手だとするならば、白馬村は「パーキングエリア」あるいは「道の駅」ということになるのでしょう。
昆虫たちにとって最も重要な捕食者は「鳥」です。しかし、アサギマダラの幼虫が食べるガガイモ科植物にはアルカロイドという毒成分が含まれ、また成虫が好んで吸蜜するフジバカマやヒヨドリバナの蜜にもアルカロイドが含まれています。鳥たちは彼らを食べると、アルカロイドの毒によって具合が悪くなってしまい、以後、このチョウを食べなくなります。すなわち、体が大きくて、ゆっくりと飛翔するアサギマダラにとって体内に毒を持つことは、鳥からの襲撃を防ぎ、長い旅を可能にする唯一の手段なのだと思います。
秋になって、山路を歩くとアサギマダラの姿を見るかも知れませんが、彼らをみた時には、やさしくボン・ヴォヤージュBon Voyageと言ってあげましょう。
虫林花山の散歩道:http://homepage2.nifty.com/tyu-rinkazan/
Nature Diary:http://tyurin.exblog.jp/

写真とエッセイ 加藤 良平

昭和27年9月25日生まれ

<所属>
山梨大学大学院医学工学総合研究部
山梨大学医学部人体病理学講座・教授

<専門>
内分泌疾患とくに甲状腺疾患の病理、病理診断学、分子病理学

<職歴>
昭和53年…岩手医科大学医学部卒業
昭和63-64年…英国ウェールズ大学病理学教室に留学
平成2年… 山梨医科大学助教授(病理学講座第2教室)
平成8年… 英国ケンブリッジ大学病理学教室に留学
平成12年…山梨医科大学医学部教授(病理学講座第2教室)
平成15年…山梨大学大学院医学工学総合研究部教授

<昆虫写真>
幼い頃から昆虫採集に熱を上げていた。中学から大学まではとくにカミキリムシに興味を持ち、その形態の多様性と美しい色彩に魅せられていた。その後、デジタルカメラの普及とともに、昆虫写真に傾倒し現在に至っている。撮影対象はチョウを中心に昆虫全般にわたり、地元のみならず、学会で訪れる国内、国外の土地々々で撮影を楽しんでいる。