2011年5月号(第57巻5号)

虫林花山の蝶たち

里山を飛ぶウスバシロチョウ Glocial Parnaassius

私はもともと海の傍に生まれ育ちましたが、昆虫採集が好きだった子供の頃には、しばしば自転車に乗って近くの里山(雑木林や水田地帯)に出かけました。
春になると水を張った田の上をツバメが高く低く飛び、小川の土手にはツクシの群れ、野原にはタンポポやスミレの絨毯、雑木林にはカッコーやウグイスの声が響いていました。また、夏になると、山の斜面にはヤマユリが大きな白い花をつけ、ホタルの光が夜を彩り、賑やかなセミの声とともにクヌギやコナラの樹液酒場にはオオムラサキやカブトムシが集まっていました。そして秋の訪れとともに木々は色とりどりの実をまとい、冬鳥たちが訪れる頃には、葉を落とした雑木林にも静寂な冬が訪れました。そんな僕が体験した里山の四季は、日本人の原風景として心の中に多くの人が持っているものかもしれません。
しかし、里山の多くは戦後の急激な人口膨張による宅地化や経済成長による森林伐採などで失われ、さらに家庭用燃料の化石燃料(ガス、石油など)化や、化学肥料の普及が里山の消滅に拍車をかけました。今日、里山の価値が見直され、当初はそれほど豊かではなかった里山の生態系が、適切な管理の元で育てられてきたことにより、今では見ることも少なくなったゲンゴロウやギフチョウなどの希少な生物が姿を見せるまでになったことが時々報道されています。
今回掲載した写真は、石川県金沢市郊外で撮影したウスバシロチョウの飛翔写真です。そこで見た風景はまさしく里山のそれで、5 月の暖かい光に包まれた新緑とともに、一様に水が張られた水田は、まるで淡色のステンドグラスのように組み合わさって輝いていました。そんな景色に車を止めて見入っていると、目の前の草むらをウスバシロチョウがフワリフワリとゆっくり飛んでいきました。それはいかにも里山を象徴するように思えて、何とかウスバシロチョウを入れた写真を撮影してみたいと思い立ちました。チョウの飛翔を撮影する場合、通常の撮影法ではなかなかピントを合わせることができません。そこで、視野が広く、被写界深度(ピントの合う深さ)を深くできる広角レンズを用いることにしています。とにかく、被写体までの距離を頼りに、ファインダーを覗くことなくひたすら撮影するので、汗だくになってしまいました。それでも、苦労は報われたようで、ステンドグラスのような水田風景を背景に入れたウスバシロチョウの飛翔写真が撮影できました。
ウスバシロチョウは、シロチョウという名が付いていますが、実はアゲハチョウの仲間で、近年ではウスバアゲハと呼ぶこともあります。日本国内では北海道から本州、四国にかけて分布します。以前は関東地方ではなかなか見られないチョウでしたが、今は里山にいけば、ネギボウズやレンゲなど、いろいろな花でよく吸蜜する姿を見ることができるようになりました。このウスバシロチョウの仲間(パルナシウス Parnassius)は、中国大陸やヨーロッパ等では美しい紋を持つ種類も多く、世界中の愛好家を虜にしています。
虫林花山の散歩道:http://homepage2.nifty.com/tyu-rinkazan/
Nature Diary:http://tyurin.exblog.jp/

写真とエッセイ 加藤 良平

昭和27年9月25日生まれ

<所属>
山梨大学大学院医学工学総合研究部
山梨大学医学部人体病理学講座・教授

<専門>
内分泌疾患とくに甲状腺疾患の病理、病理診断学、分子病理学

<職歴>
昭和53年…岩手医科大学医学部卒業
昭和63-64年…英国ウェールズ大学病理学教室に留学
平成2年… 山梨医科大学助教授(病理学講座第2教室)
平成8年… 英国ケンブリッジ大学病理学教室に留学
平成12年…山梨医科大学医学部教授(病理学講座第2教室)
平成15年…山梨大学大学院医学工学総合研究部教授

<昆虫写真>
幼い頃から昆虫採集に熱を上げていた。中学から大学まではとくにカミキリムシに興味を持ち、その形態の多様性と美しい色彩に魅せられていた。その後、デジタルカメラの普及とともに、昆虫写真に傾倒し現在に至っている。撮影対象はチョウを中心に昆虫全般にわたり、地元のみならず、学会で訪れる国内、国外の土地々々で撮影を楽しんでいる。