2011年3月号(第57巻3号)

虫林花山の蝶たち

ウラギンシジミと「虫の目レンズ」 The Angled Sunbeam

ウラギンシジミは翅裏全体が銀白色、でも翅を開くと鮮やかなオレンジの紋が拡がっていて驚きます。このチョウは夏ごろから出現し、まるでフラッシュが点滅するかのように銀色の翅をはためかせながら飛翔する姿が道路脇や林縁の梢で見られます。晩秋になって気温が下がると、常緑広葉樹(柑橘類やカシ、アオキなど)の葉裏で成虫越冬しますが、昆虫の姿を見ることが少ない冬期に、雑木林や公園を散歩していて偶然にこのチョウを発見すると、まるで宝物でも見つけたかのように嬉しくなります。
掲載した写真はユズの葉裏で越冬するウラギンシジミの姿を写したものですが、良く見ると後翅の縁が一部切り取られたように欠損しているのがわかります。これは俗にバイトマークと呼ばれるもので、鳥などに翅をかじられた跡と考えられています。越冬するチョウたちにとって、最も恐ろしい天敵は鳥で、大部分の個体は彼らに発見されて食べられてしまいます。自然界での生存は、チョウたちにとってはなかなか厳しいものなのです。
今回の写真は、Gyorome(魚露目)という「虫の目レンズ」をマクロレンズの先に装着して撮影しました。このレンズを用いると、画角(レンズを通した視野)が非常に広くなるとともに、近接しても全域にピントが合います(パンフォーカス)。この写真を撮影した時は、レンズ先端からチョウまでの距離が数センチしかありませんでしたが、被写体のチョウとともに背景に見える家の屋根まで焦点が合っています。通常のカメラレンズではこのようなイメージをえることはできません。多分、この虫の目レンズの基本的原理は、消化管や肺の気管支内を観察する内視鏡レンズと同じではないかなと思います。例えば内視鏡を胃の内部に挿入すると、手前のみならず奥の粘膜面まで広く観察することができます。ですから、内視鏡の先をカメラに付けて撮影すれば、虫の目イメージの画像が簡単に撮影できるはずです。いつか内視鏡レンズを野外で試してみたいと思っていますが、医療機器は高額なのでそう簡単に実験できないのが残念です。
この「虫の目レンズ」という名前は、昆虫写真家の栗林慧氏によって名付けられたものです。多分、このレンズを通して見える世界が虫の目からのものに近いという意味だと思います。ちなみに人間の視野は、片目で約160度程度、両目だと200度ぐらいですが、昆虫の目は複眼が発達していて、人間よりもかなり広い視野角をもっているようです。ただ、複眼を構成する一個一個の眼に映る情報量は人間の眼よりもかなり少なくて、あまり解像度が高いとは思えません。また、昆虫も色の認識ができるようですが、人間の目ほどの識別能力は無さそうです。以上より総合的にみると、本当の虫の目はこのレンズを通した世界とはかなり異なるようですが、虫の目レンズとはなかなかユニークで面白い名前を付けたものと感心してしまいます。今後、虫の目だけではなく魚の目、鳥の目、獣の目などのレンズが出来れば面白いなと思います。
虫林花山の散歩道:http://homepage2.nifty.com/tyu-rinkazan/
Nature Diary:http://tyurin.exblog.jp/

写真とエッセイ 加藤 良平

昭和27年9月25日生まれ

<所属>
山梨大学大学院医学工学総合研究部
山梨大学医学部人体病理学講座・教授

<専門>
内分泌疾患とくに甲状腺疾患の病理、病理診断学、分子病理学

<職歴>
昭和53年…岩手医科大学医学部卒業
昭和63-64年…英国ウェールズ大学病理学教室に留学
平成2年… 山梨医科大学助教授(病理学講座第2教室)
平成8年… 英国ケンブリッジ大学病理学教室に留学
平成12年…山梨医科大学医学部教授(病理学講座第2教室)
平成15年…山梨大学大学院医学工学総合研究部教授

<昆虫写真>
幼い頃から昆虫採集に熱を上げていた。中学から大学まではとくにカミキリムシに興味を持ち、その形態の多様性と美しい色彩に魅せられていた。その後、デジタルカメラの普及とともに、昆虫写真に傾倒し現在に至っている。撮影対象はチョウを中心に昆虫全般にわたり、地元のみならず、学会で訪れる国内、国外の土地々々で撮影を楽しんでいる。