2011年1月号(第57巻1号)

虫林花山の蝶たち

賀正:朝日の中のヤマトシジミ Pale Grass Blue

明けましておめでとうございます。
昨年、Modern Mediaの表紙とエッセイを依頼され、どうなることかと思いましたが、何とか一年続けることができました。私の拙写真と駄文にお付き合いいただきまして、心から感謝する次第です。
今回はチョウの写真の解説は少しにして、私の「虫遍歴」について記してみたいと思います。そもそも虫に興味を持ったのは小学生の頃で、夏休みの宿題は毎年、近くの林で採集した虫の標本を提出していました。小学校の図書館では、加藤正世博士著の「趣味の昆虫採集」という本がお気に入りで、図書カードには私の名前がいつも並んでいました。中学校に入り「虫熱」は消えるどころかさらに増幅してしまいました。その頃は小生意気な盛りで、京浜昆虫同好会や日本蛾類学会にも入会し、いっぱしの虫屋(虫が好きな人のこと)気取りでいたと思います。ちょうどその頃、同じクラスにいた虫好きのI君と東京の高尾山や奥多摩、伊豆半島の天城山などに昆虫採集の遠征をしました。高校生になると群馬県の裏日光(丸沼、菅沼)などかなり遠くの地まで採集テリトリーが広がりました。この裏日光では、当時大珍品(人気があって極めて稀な虫のこと)だったオオトラカミキリというカミキリムシを採集し、「昆虫と自然」という雑誌にその記録を投稿したのを覚えています。実は私の症例報告の第1号は人ではなくて虫だったのです。このことをきっかけにカミキリムシに傾倒するようになりました。大学は岩手県盛岡市にある岩手医科大学に進学し、医学を学びました。その頃の岩手県の昆虫相はあまり知られていないうえに、種々の興味ある虫たちを次々に発見することができ、とにかく学生時代はカミキリムシばかりを夢中で追い求めていたように思います。大学卒業後、病理学教室に入局し、医学研究と組織細胞診断の道に入りました。実は医学の中でこの道を選んだ理由も、病理学という学問への純粋な興味もさることながら(これがもちろん大きいのですが)、昆虫という多様な形態学への興味の延長線上に病理学という学問があったからだと思っています。さらに、現在研究対象としている甲状腺の疾患も、きっかけは甲状腺という内分泌臓器の形が蝶に似ていたという理由もあります。人生の軌跡の理由は後になってわかるものかも知れません。
山梨県の山梨医科大学(現山梨大学)に赴任した時(20年前)に補虫網からカメラにかえて、週末はのんびりと虫や花の写真を楽しむようになり、現在の私のモットーは「虫を楽しみ、花を楽しみ、自然を楽しみ、そして人生を楽しむ」です。
今年はModern Mediaの担当2年目(最後の年)になります。今年のトップバッターである1月号の表紙は、数年前の11月に紀伊半島を訪れた時のものです。輝く朝日の中で浮かび上がったヤマトシジミの姿が今でも瞼に焼き付いています。通常、蝶たちは夜になると、葉などの物陰に移動して眠ります。しかし、ヤマトシジミは写真のように花や草の上で夜を明かすという習性があるようです。この習性のためにこのような写真が撮影できました。
本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
虫林花山の散歩道:http://homepage2.nifty.com/tyu-rinkazan/
Nature Diary:http://tyurin.exblog.jp/

写真とエッセイ 加藤 良平

昭和27年9月25日生まれ

<所属>
山梨大学大学院医学工学総合研究部
山梨大学医学部人体病理学講座・教授

<専門>
内分泌疾患とくに甲状腺疾患の病理、病理診断学、分子病理学

<職歴>
昭和53年…岩手医科大学医学部卒業
昭和63-64年…英国ウェールズ大学病理学教室に留学
平成2年… 山梨医科大学助教授(病理学講座第2教室)
平成8年… 英国ケンブリッジ大学病理学教室に留学
平成12年…山梨医科大学医学部教授(病理学講座第2教室)
平成15年…山梨大学大学院医学工学総合研究部教授

<昆虫写真>
幼い頃から昆虫採集に熱を上げていた。中学から大学まではとくにカミキリムシに興味を持ち、その形態の多様性と美しい色彩に魅せられていた。その後、デジタルカメラの普及とともに、昆虫写真に傾倒し現在に至っている。撮影対象はチョウを中心に昆虫全般にわたり、地元のみならず、学会で訪れる国内、国外の土地々々で撮影を楽しんでいる。