2010年11月号(第56巻11号)

虫林花山の蝶たち(11):

「迷蝶」 カバマダラの異常発生 Plain Tiger

「迷蝶」あるいは「偶産蝶」とは、字が意味するごとく、本来の棲息地からかけ離れた場所でたまたま見つかった蝶のことです。とくに、夏の台風や季節風にのって運ばれて来ることが多く、9、10月に南国の蝶が本州で発見されるのが一般的です。今回は迷蝶カバマダラについて記してみたいと思います。
今年は9月に入っても連日気温が30度を超える日が続いていました。その暑さに辟易していたところ、「静岡県内でカバマダラが異常発生」という記事が新聞に出たことを知りました。カバマダラはいわゆる南国(沖縄・奄美以南に分布)の蝶ですが、それが静岡県内の某所で異常発生したというのですから、虫屋のはしくれである私には興味津々でした。そんな時、蝶友のDさんから、「静岡県で発生したカバマダラを撮影に行きませんか?」というお誘いのメールを頂きました。ちょうど急ぎの仕事が詰まっていたのですが(依頼原稿の執筆)、そんな魅力的な誘いを断れるはずもありません。結局のところ、二つ返事でOKメールを返してしまいました。
当日、Oさんご夫婦も同行することになり、総勢4人で現地に向かいました。到着してみると、目的のカバマダラは「フウセントウワタ」という植物を栽培している畑で、簡単に見つけることができました。その数は優に100頭は超えていたと思われます。オレンジ色の美しい翅を持つ南国の蝶が、あっちでもこっちでもフワフワ飛んで、背丈ほどもあるフウセントウワタの花で吸蜜したりしているのを見ると、何となく自分が南の国に来たような不思議な気持ちになりました。さらに、成虫ばかりでなく、幼虫や蛹も観察できました。
カバマダラが属するマダラチョウ科の蝶たちは、体にある種の毒を持つので、鳥たちは嫌って食べません。そのため、自然界ではこのマダラチョウ科の蝶たちに形や色を似せた蝶もあるくらいです(ベイツ型擬態)。ちなみに、身近に見るツマグロヒョウモンのメスはこのカバマダラに擬態していると考えられています。また、マダラチョウ科の蝶たちはとても飛翔力が強くて、中には鳥のように「渡り」をするものもあります。例えば、本州でも良く見かけるアサギマダラという蝶は、近年のマーキング調査によれば、秋には本州から暖かい沖縄に渡ることが知られてきました。また、北米のオオカバマダラという蝶は、3000km以上の距離を渡ることで有名です。
今回の静岡県でのカバマダラの異常発生は、「渡り」の結果ではなく、台風によって運ばれ、たまたまその地のフウセントウワタ(アフリカ原産で観賞用)が栽培されていたので繁殖できたのでしょう。つまり、この異常発生は自然界の偶然が重なった結果なのです。
迷蝶として発見された美しいカバマダラたちは、静岡の地では冬を越すことが出来ずに全て死滅してしまうでしょう。それが迷蝶の運命だと思うと、少しセンチメンタルになってしまいます。
虫林花山の散歩道:http://homepage2.nifty.com/tyu-rinkazan/
Nature Diary:http://tyurin.exblog.jp/

写真とエッセイ 加藤 良平

昭和27年9月25日生まれ

<所属>
山梨大学大学院医学工学総合研究部
山梨大学医学部人体病理学講座・教授

<専門>
内分泌疾患とくに甲状腺疾患の病理、病理診断学、分子病理学

<職歴>
昭和53年…岩手医科大学医学部卒業
昭和63-64年…英国ウェールズ大学病理学教室に留学
平成2年… 山梨医科大学助教授(病理学講座第2教室)
平成8年… 英国ケンブリッジ大学病理学教室に留学
平成12年…山梨医科大学医学部教授(病理学講座第2教室)
平成15年…山梨大学大学院医学工学総合研究部教授

<昆虫写真>
幼い頃から昆虫採集に熱を上げていた。中学から大学まではとくにカミキリムシに興味を持ち、その形態の多様性と美しい色彩に魅せられていた。その後、デジタルカメラの普及とともに、昆虫写真に傾倒し現在に至っている。撮影対象はチョウを中心に昆虫全般にわたり、地元のみならず、学会で訪れる国内、国外の土地々々で撮影を楽しんでいる。