2010年5月号(第56巻5号)

虫林花山の蝶たち(5):

アルプスの妖精:クモマツマキチョウ Orange tip

5回目の蝶は「アルプスの妖精:クモマツマキチョウ」を選びました。クモマツマキチョウは南・北アルプス、八ヶ岳などの中部山岳地帯の岩場やガレ場に分布する高山蝶(高い山に棲む蝶)で、高嶺の花ならぬ高嶺の蝶なのです。今までも山歩きの最中にクモマツマキチョウの飛翔する姿は何度か見かけましたが、まともな写真は撮影出来ていなかったので、いつか撮影したいと願っていました。
そんな蝶との出会いは突然やってきました-------。
ある年の6月、虫林は新緑まぶしい南アルプスの急な登りの登山道を、日頃の不摂生を悔いながら、息を切らせて登っていました。途中、カメラで花の写真を撮影していると、上から下りてきた登山者が、上部の草原でホテイアツモリソウ(ランの1種で希少)が咲いていたと教えてくれました。そんな幻の花情報を耳にした虫林は、今まで疲れて死んだふりをしていたのが嘘のような速度で山道を登り、その花が咲いているという場所に到達したのだから人間とは現金なものです。そこは、開けた草地で、お目当ての花はほどなく見つけることができました。驚いたことには、花の撮影をしているすぐ横に、小型のシロチョウが突然飛来したのです。白地にオレンジ色の大きな紋を配した翅をもつその蝶は、まさしく高嶺の蝶「クモマツマキチョウ」でした。
とにかく、ホテイアツモリソウとクモマツマキチョウを同時に見ることができたのですから、ナチュラリストを自認する虫林にはこたえられない山行になったのはいうまでもありません。しかし、山から下山して数日後、新聞紙上で南アルプスのホテイアツモリソウが盗掘されたことを知って唖然としました(多分、同じ花)。一方、同地のクモマツマキチョウも、棲息環境が変化したためか、数年後には姿を消してしまいました。
日本には240種類もの蝶が棲息していますが、その4分の1 は現在個体数が減少しつつあります。クモマツマキチョウも環境省が発行しているレッドデータブック(絶滅の恐れがある野生生物について記載している)の中にその名前を見ることができます。
この愛らしいアルプスの妖精をいつまでも見守っていたいものです。
掲載した写真のように、オスの翅は白地にオレンジ色の大きな紋を配して美しく、残雪が点在するアルプスの山々を背景にして、このオレンジが飛ぶ姿は、一度見たら忘れられないものです。
ひとしきり撮影した後、辺りを見渡すと、草地の上を何頭ものオレンジが舞っていて、その姿はまるで「アルプスの妖精」が遊んでいるかのようでした。
虫林花山の散歩道:http://homepage2.nifty.com/tyu-rinkazan/
Nature Diary:http://tyurin.exblog.jp/

写真とエッセイ 加藤 良平

昭和27年9月25日生まれ

<所属>
山梨大学大学院医学工学総合研究部
山梨大学医学部人体病理学講座・教授

<専門>
内分泌疾患とくに甲状腺疾患の病理、病理診断学、分子病理学

<職歴>
昭和53年…岩手医科大学医学部卒業
昭和63-64年…英国ウェールズ大学病理学教室に留学
平成2年… 山梨医科大学助教授(病理学講座第2教室)
平成8年… 英国ケンブリッジ大学病理学教室に留学
平成12年…山梨医科大学医学部教授(病理学講座第2教室)
平成15年…山梨大学大学院医学工学総合研究部教授

<昆虫写真>
幼い頃から昆虫採集に熱を上げていた。中学から大学まではとくにカミキリムシに興味を持ち、その形態の多様性と美しい色彩に魅せられていた。その後、デジタルカメラの普及とともに、昆虫写真に傾倒し現在に至っている。撮影対象はチョウを中心に昆虫全般にわたり、地元のみならず、学会で訪れる国内、国外の土地々々で撮影を楽しんでいる。