2009年3月号(第55巻3号)

墨画にのめりこんで

水族園

勝手なことを考えるもので、江戸時代や明治の初めのころには水族館といった贅沢なものはなかっただろうから、今までそうは描かれていないだろうと思い、皆が描かない現代の墨絵を描いてみようと、葛西にある東京都立水族園に行ってみた。週日に行くと見物人が少なく静かでよい。週末や、特に学校が休みになると、子供でいっぱいで、とても絵が描ける雰囲気ではない。
入ってすぐに、鮫が何匹も悠々と泳いでいる水槽があった。格好がよい。動物園に行ってもこんなに動き回る動物はめったにいない。他の魚にしても、じっと静かにしている魚は非常に少ない。ほとんどすべての魚が動き回っているので、スケッチするのも楽ではない。「ああいい格好だ、絵になる」と思ったら、もう泳いで場所が変わり、泳ぐ格好も変わっている。文明の利器を使って写真に撮ればよいと思っても、「魚を驚かさないように、フラッシュによる写真撮影はやめてください」と張り紙がしてある。
水族園の中を見て回っているうちに、これは見ものだと感心したのが“くらげ”である。細長い円筒状の透明な水槽の中を、上っては降り、降りては上る。透明な笠の下に羽衣のような足をひらひらさせて動くさまはとても美しく、また見飽きない面白さがある。透明な体の中に内臓器官が浮き彫りになっている。早速スケッチした。
次は熱帯魚の体の模様のよさ、写真や絵本でよく見ていてなじみの魚である。群をなして泳いでいるのがよい。方向変換をしてターンをするときの姿態などいっそう面白い。
このようにしてスケッチしてきたものを、一枚の大きい和紙にまとめて描いてみた。結構楽しんで描いた一枚である。もう一度よく観察してこようと、雪が積もった冬の日に出かけてみた。物好きな人だと自分ながら感心する。さすが見物人が少なく、中は温度調節がしてあり、多くの魚が悠々と泳いでいた。

絵とエッセイ 藤本 吉秀

大正15年(昭和元年)生まれ。昭和の年号がそのまま年齢になった。

<職歴:内分泌外科医>
もと東京女子医大内分泌外科教授。1987~1989の2年間国際内分泌外科学会会長を務めた。
今は癌研有明病院、日本赤十字社医療センター、調布東山病院で甲状腺診療をしている。

<絵の略歴>
昭和59年、八丈島から贈られた黄色のシンピジウムがとても美しいので色紙に描いてから、季節の草花を色紙に描くのが趣味となった。平成10年、柏市で甲状腺外科検討会がひらかれた時、会場の近くの画廊で色紙の個展をした。
その後、松下黄沙(Group 82)について墨絵三昧。
2人展(平成14年)、12人展(平成16年)をはじめ、春、初夏、秋にそれぞれ各種グループ展に出展。

<運動>
ずっと以前のことになるが、学生時代、一高、東大を通してボートを漕ぎ、昭和24、25年8人で漕ぐエイトで連続全日本選手権制覇。

はじめの1年間は、「色紙に季節の草花を描く」をテーマにして出します。
次の1年間は、「墨画にのめりこんで」として、風景、植物、仏像など何でも取り上げて描きます。