2007年5月号(第53巻5号)

〇春と夏とに慌しく顔を変える天候に、ちょっとした体調不良や、風邪にかかっている人が目につくこの頃である。憂鬱な梅雨を目前に夏のファッションを先取りしたいところではあるが、朝夕の風は思いのほか冷たい。油断は禁物である。

〇先日敬愛する友人に誘われ、美術館巡りを楽しんできた。1つは東京・千代田区にある山種美術館で、道すがら、お花見の名所でもある千鳥が淵緑道の散歩が楽しめる場所にある。無数に重なり合う桜の葉の隙間から射し込む初夏のキラキラした日差しに照らされ、清らかな気持ちで美術館に辿り着いた。この日の出展は幸運にも開館40年記念展・山種コレクションの名品選〈前期〉であった。その名のとおり全てが名品、どれをとっても文句のつけようがない。入場券にプリントされた「班猫」は、京都画檀を代表する日本画家・竹内栖鳳(たけうちせいほう)の作。息を吹きかければ毛並みが揺れ動くほどに微細に描かれた三毛猫が、毛づくろいをしながらこちらの様子を覗い、隙あらば絵の中から抜け出ようと企んでいるかのように怪しく目を輝かせていた。竹内栖鳳の後進にあたる上村松園(うえむらしょうえん)の「新蛍」の1枚では、団扇を斜にしてすだれをわずかに押しやり、そっと蛍を眺める美人像が描かれていた。あまりの美しさに周囲の誰もがため息をついている様子であった。東山魁夷(ひがしやまかいい)「年暮る」では、ひっそりと静まりかえる家々に降りそそぐ雪の風景に、気が付くと、五感の全てでその絵を鑑賞していることに驚嘆した。2つめの美術館は東京・渋谷にあるbunkamura ザ・ミュージアム。先ほどまでの静けさとはうって変わり、渋谷駅から雑踏のなかを美術館に向かう。この辺はいまどきの若者で溢れ、流行に合わせ町並みもころころと変わる。この日のテーマは「モディリアーニと妻ジャンヌの物語展」。沢山の人がフロアを埋め、モディリアーニの特徴的な細長の顔が人々の合間から覗く。アメデオ・モディリアーニは1884年イタリアに生まれた。14歳で腸チフスを患い、うわごとで「画家になりたい」と言った事から両親が画家の道に進ませることを決意したという。パリにて多くの傑作を残したが、生前は才能が認められず、肺病を患い、酒と薬物依存で荒れた生活を送り1920年36歳の若さで亡くなっている。32歳の時に知り合った妻・ジャンヌ・エビュテルヌもまた画学生であったが、二人の生活は彼の死によって3年余りで終止符が打たれた。彼の死の2日後、ジャンヌはアパルトマンの6階から身を投げ、22歳の若さでこの世を去った。このとき彼女は8カ月の子を宿していたという。今回の展示では彼女の作品も多く飾られ、あまりにも有名なモディリアーニの絵よりも、ジャンヌの描いた作品の豊かな芸術性が評価されていた。また、妻の目をとおして描かれたモディリアーニの素顔が見られる点が新たな発見であった。二人の伝記映画が幾つかあるというのでいつか見たいと思っている。

(大森圭子)