2006年6月号(第52巻6号)

〇4,5年ほど前だろうか、東京・JR日暮里駅近くにある朝倉彫塑館を見学したときのこと、屋上に造られた庭で、信じられないほど立派に成長したオリーブの木を目にした。オリーブグリーンの愛称をもつほどに美しい葉色、葉裏の煙るような銀色、紫黒色の艶やかなオリーブの実。無数の葉をちらちらと翻らせる様は非常に神秘的で、眺めていると数千年もの時を戻し、人を人らしく淘汰してくれるようにも思えた。

〇オリーブは常緑高木であるので、細くも堅強な葉を一年中生い茂らせる。秋には優しい形の果実をつけ、この実はオレイン酸、ビタミンEなどを多く含み、薬用、食用、美容にも有用である。樹齢は300年ほどだが、なかには千年以上にわたり結実するものもあるという。有史以前より豊かな実りを続けるオリーブ。人々の暮らしを豊かにするもの-平和の象徴として数々の神話も生まれた。旧約聖書の「ノアの箱舟」の説話では、大洪水を逃れたノアと家族が、箱舟より放った鳩が嘴にオリーブの葉をくわえて戻ったことから洪水がおさまったことを知る、という話がある。また、ギリシャ神話には、土地の命名をめぐり争っていた海神ポセイドンと女神アテネが、どちらが人々に役立つものを与えられるかによって勝敗を決める話がある。ポセイドンは戦争に役立つ馬を、アテネはオリーブを創り、アテネが勝利しギリシャの町にアテネという名がついたというもの。

〇以前、本誌表紙に小宮和加子先生の素敵なオリーブの絵を掲載させていただいた(第50巻10号)。すっかり魅了された私は、わが家の狭い庭に無理やりオリーブの苗木を植え、いつか実が生ったら小宮先生にモチーフとしてひと枝差し上げよう、そのほかは一粒残らず食用にしよう、などと取らぬ狸の皮算用まで済ませた。

2階の窓から毎日見おろしてやったので奮起したのか、おかげで随分背が高くなり、気づけば小さな花を咲かせている。今年こそ実が生るのかと調べてみると、他家受粉の性質が強いため、結実させるためには異なる種類のオリーブを植えることが必要、結実しやすい種類を組み合わせることも大切云々…まずはわが家のオリーブの種類を調べるところから始めなければいけなくなった。オリーブの種類は500種を超える。道のりは大変険しいものとなりそうである。

(大森圭子)