2021年6月号(第67巻6号)

〇体温のようにあたたかく、たっぷりと水分を含んだ空気でどこもかしこも満たされる6 月。じめじめとして鬱陶しくもあり、また、どこか心が落ち着くようにも感じられる。
 雨がしとしと降る日には、不意に懐かしい曲を耳にしたときのように、静かな雨音に導かれ、古い雨の日の記憶が蘇ってくることがある。初めて買ってもらった赤い傘のこと、親に手を引かれて通った幼稚園の大きな濡れた石段。とっくの昔に忘れたはずなのに、全ての輪郭を滲ませるような長雨に、乾いていた遠い記憶すらゆるんで流れ出てくるのだろうか。
 石段を囲む草花や木々、石段のあちこちにけなげに貼りついている苔、雨上がりに這い出てくる小さな虫たちなど、自然界のさまざまな生き物とともに過ごした日々の記憶は、なぜかいつも安らかな気持ちにしてくれる。すべての生き物が時を経て自然に還り、自然を豊かにするのと同じように、当時はちっぽけな何でもないことであったのに、記憶のなかの生き物たちが、時とともに記憶すら豊かなものに変えてくれるのかもしれない。
〇6 月5 日は環境の日である。環境省のホームページによれば、昭和47 年6 月5 日からストックホルムで開催された「国連人間環境会議」を記念して定められたもの。わが国からの提案を受けて、国連が6 月5 日を 「世界環境デー」 としたそうである。 環境省は、平成3 年から6 月を環境月間と定め、さまざまな行事を通じて環境を考える機会を設けている。
 本年度からは、廃棄物の減量と再生利用の促進を啓発する「ごみ減量・リサイクル推進週間(5 月30 日~ 6 月5 日)」、オゾン層の保護とフロン等への対策を啓発する「オゾン層保護対策推進月間(9月 )」、地球温暖化防止月間(12 月)、自動車交通量の増加や暖房等による大気汚染を防ぐ活動を促進する「大気汚染防止推進月間(12 月)」も統合して行われることになった。環境問題が深刻化していること、今まで以上に本腰を入れて取り組むべきことであるということは周知されている。環境月間の広報・啓発を目的として環境省は環境月間に因んだポスターを作り、希望した企業や団体に配付している。そこには、地球と絶滅の危機にある動物たちの姿が消え入りそうにうっすらと描かれており、脇には「自然を育めば動物たちが生き生きできる」と書いてある。幸い、今はまだ人の姿ははっきりと描かれているものの、このままの生活を続ければ、人の姿もうっすらと描かれる日が来ることだろう。
 わが身一人を満たすための自己中心的な記憶は、海洋プラスチックさながらに、いつまでも同じ形をしたまま記憶の海を漂い続け、大いに人を後悔させるに違いない。

(大森圭子)